近所のスーパーに行けば今年の方角がどうだとか書かれた紙が置いてある。
いわゆる節分のキャッチフレーズである。
俺はそんなキャッチフレーズに簡単には乗せられたくなかった。
太巻きは普通に好きだし、食べることも好きだからついでに買って行こうかな、なんて思ったりするだけ。
無言でその方角向いてあんな長くて太いものを口にくわえること自体、意味があるのかとか疑問に思ってしまう。
…と一緒に暮らす不二に話したら、不二は唾をごくんと飲んで俺の両手を握って言った。
“節分は二人で恵方巻を食べよう!”
と。
俺はなんとなく不二の考えていることがわかってしまった。
この変態オヤジ…。
節分の日になって、俺はスーパーに出掛けた。
もちろん不二も一緒に。
寿司のコーナーを見ればそれは目を疑ってしまうほどの種類の量だった。
恵方巻だけでもこんなに沢山あるとは。
しかも具材はいろいろあってボリュームも凄い。
もちろん値段も高い。
俺がどれにしようかと悩んでいると不二がこれはどう?と勧めてきたのが大きなエビの入った特製サラダ巻。
確かに美味しそうだ、俺の好みを知ってる…さすが不二。
だけど俺は隣にあったネギトロ巻や鉄火巻も気になった。
じゃあ僕はこれにしようかな、と手に取った時…俺ははんぶんこしない?と聞いてみた。
それはすなわち、恵方巻を切るということ。
すると不二は目付きを急に変えて俺にくっつく勢いで顔を近付けて言った。
「切っちゃったら意味がないだろう!?ダメダメ、1本ちゃんと食べようよ」
「…」
「あっ、酷い。そんな目をして僕を軽蔑しないでよ」
「だって…」
「だって、何?」
これ以上は言いたくなくて黙っていると不二は何だどうしたと俺に質問攻め。
不二はわかっていて俺に聞いているんだ。
全く最低な奴!
大体場所をわきまえろっての。
揉めていると他のお客さんの邪魔になっている事に気が付き、俺達は端に寄った。
んもう!
不二のバカ!!
「なんでそんなに真っ赤になってるの?英二ってばヤラシイ事考えてる?」
「俺じゃなくて不二が、だろ!!」
「やだなぁ、心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんと節分にだって君を眠らせない自信があるよ」
「〜〜〜!!」
恥ずかしい事をサラリと言う不二。
俺は耐えられなくなり適当に恵方巻を選ぶと即座にレジへ出した。
もうこんな奴の側にはいられないっ!
気が付けば俺が買った恵方巻はサラダ巻と納豆巻だった。
しかもサラダ巻に関してはエビの他に色とりどりの野菜などの具材が入っていたのに対して、納豆巻は本当に納豆のみで他には何も入っていなかった。
いわゆるただの太巻き。
イカも入っていない!と嘆いているのは不二。
「納豆巻は僕が食べるの!?英二が買ったんだから英二が食べてよ!」
「俺に2本食べさせる気?サラダ巻は俺食べたいもんっ」
「えー、ズルいよ。英二が勝手に買ったんじゃない」
俺はこの時の不二が可愛いと思った。
恵方巻で駄々を捏ねるって可愛いな。
クスリと笑うと不二はなんで笑うの!と俺の頭をくしゃくしゃにする。
あぁーやっぱり幸せだなぁ。
不二と暮らせる毎日ってすごく楽しくて嬉しい。
「不二ぃ、切らないで二人で食べる方法…あるよ?」
家に帰り、買ってきたものをテーブルに置く。
ちょびっと恥ずかしいけど俺はある“提案”をした。
二人で2種類の恵方巻を切らずに食べる方法。
それは…
お互いが向かい合って1本の恵方巻を食べる。
いわゆるポッキーゲームの恵方巻バージョン。
…と言ったら不二はポカーンとした顔で俺を見た。
もしかして引いたかな…
「さ、さすがに恵方巻でやったら食べにくいし変だよね…!ごめん、ごめん、今の聞かなかった事にし―――」
俺が言い終わる前に口付けた不二。
不二はクスッと笑うと買ってきた恵方巻を俺の口にくわえさせる。
「さすが僕の英二。最近の英二は冴えてるよ、一緒に食べようか」
「ん…んん」
恵方巻をくわえたままだったので話す事は出来なかったけれど、頷いて返事をした。
恵方巻のもう一方の端を不二がくわえると無言になり、二人で食べ合う。
…不二が食べてる姿ってすごく綺麗で色っぽい。
たぶんこの光景を見たら変と思う人が多いだろうけど、俺は間近で不二を見る事が出来て、食べながらもドキドキしていた。
ふと目線を俺にやった不二はニコリと笑って、今もなお恵方巻を食べ続けている。
やっぱり恥ずかしい…
両端から食べた恵方巻は次第に少なくなり、なくなりかけたところで不二はそのまま俺に口付けた。
キスがサラダ巻の味ってなんだかなぁ、と思いつつ、いやいや、不二とのキスは食後のデザートだなんて思いながらずっと舌を絡めていた。
やっと唇を話すと酸欠になった俺を支えながら抱き締めて頬を密着させる。
「僕の恵方巻…すごく美味しかったよ」
「…ん、うん」
「ありがとう英二!やっぱり英二と一緒にいられてよかった」
「えへへ…よかった、そう言ってくれて。じゃあ納豆巻は切って食べよっか」
俺がそう言うと不二は驚いた顔をして首を横に振った。
まさか納豆巻でさえも今みたいにして食べるつもりなの!?
糸引いてねばねばになっちゃうのに不二は断りもなく恵方巻ゲームを始めてしまった。
食べ終わってから気付いたのは食べた向きが今年の方角ではない、と言う事。
嘆いてもう一回やらない?と不二は言ったけど俺はお腹いっぱいで限界だった。
