その果実はとても甘くて貴重な、美味しい食べ物だった。
口付ければ甘酸っぱい味が広がり、舌で舐めれば林檎のいい香りがする。






「舌で舐めれば、ってところがいやらしいね」

「そ、そんなつもりで書いたんじゃないよ!」

「そうなの?でもなんでよりによって英二の詩はタイトルがりんごなの?エビフライじゃないんだ?」

「エビフライの詩なんて誰が詠むんだよ〜。りんごってさ、可愛い果物じゃん?詩にしたらいいよな〜って。あとアダムとイヴでも有名なのが、禁断の果実って言われてるし」

「ふ〜ん、そっか」






不二のやつ、本当はわかってて俺に聞いてるんだ。
俺は不二が好きで、不二に構ってもらいたい。
だからわざと不二が好きなもので課題提出のための詩のテーマに選んだわけだ。
そこですかさず俺は言った。






「他にもね、サボテンの挨拶とか考えたの。あと辛口ラーメンに気をつけてっていうやつ」

「ぶっ…!なんなの?そのタイトル!面白そうなんだけど…詠んでよ」

「うん、まずサボテンの挨拶の方ね。“サボテンの挨拶は至って人間と変わらない。声が出ていないだけ。それからお辞儀や手を振ったりもしないだけ”」

「要するに直立不動ってことでしょ?それって人間と本当に変わらないの?」

「むっ…。そ、それから深呼吸して毎朝ジャズクラシックを聞いているサボテンは今日もすっきりいい目覚めだと手をいつもより長く伸ばしてみた…」






不二は腹を抱えて笑っていた。
なんだよ、ちゃんと書いたのに笑うなんてさ。
酷いじゃんか!
…なんて言っても確かに詩ってよくわかんないし、これでいいのかわからない。
続けて俺は辛口ラーメンに気をつけて、という詩を詠んだ。

“辛口ラーメンって聞いただけでいかにも辛そう。
そんなラーメンを美味しそうに食べる人がいる。
笑顔で食べる人って俺には理解できない。
でもつらそうな顔一つしないから本当に平気なんだなって思う。
ちょっと面白くないから近くにあったタバスコを全部入れてみた。
その人は驚いていたけどまた食べ始めた。
俺は真っ赤に染まるラーメンが恐ろしかったけど、その人は平気だった。
最後に言ったのは「タバスコって全部飲んでも55カロリーしかないんだよ」というセリフだった。”






「…終わったけど」

「あ〜!!!もうダメ!面白すぎる!それ詩じゃなくて…」

「夢小説だな」

「乾!?一体何処から出てきたの!?」






ひょっこり出てきた乾は夢小説について語ると去っていった。
去っていく際にはいつもの名セリフ、いいデータがとれた…と言った。
だから何のデータだよ…。






「確かに…英二が書いたのは夢小説だよ。しかもそのラーメン食べてる人、僕に間違いがなければ誰だかわかるんだけど…ってか、わかりやすく書くよね英二って」

「へ?そ、そうかにゃ…」

「ふ〜ん…英二は僕の夢小説を書いたのかぁ…。あ、提出にはね、りんごってやつがいいよ!きっといい評価がもらえるよ!」






そう言うと不二は教室を移動しようとした。
まだ話の途中だったのに行っちゃうから俺は腕を掴んで引き止めた。






「おま…何処行くんだよ!俺まだ言いたいことあるのに!!」

「そうなの?何を?」

「何を?って…だから…その…不二はさ、不二は…俺のこと…どう思ってるのかなって…こんな詩を書いたのだって…課題提出のためだけじゃなくてさ…不二に…」

「僕に?」

「だ、だから…!」






俺が焦れったくてモヤモヤしていると不二の方から抱き締めてきた。
一瞬何が起きたのかわからなくて戸惑ったけど、不二は俺の言いたいことを悟ってくれたみたい。






「意地悪しちゃってごめんね。英二の気持ち…最初からわかっていたんだ。でももうちょっと見たくてさ…僕に夢中な英二をね」

「不二ぃ…」

「ごめんごめん。もう意地悪しない、だから許して?」

「ん…じゃあじゃあ、不二は俺のこと好き?」

「ん〜…どうかなぁ」

「えっ…」

「だから冗談だってば!もう英二ったらすぐ本気にしちゃうんだから…嘘だよ、英二のこと大好きだよ」

「ホント!?」

「うん、本当。だから英二、もういじけないでよ」






不二にやっと思いが伝わってよかった。
気が付けば俺は涙で視界が滲んでいた。
好きかどうか聞いたとき、どうかなぁって言われたときは本当に耐えきれなかった。

もう意地悪しないでね!と言って俺は不二に初めてのキスをした。