あぁ、今日もまた眠れない。
どうしてくれよう、この気持ち。
もちろん、俺を大切なダブルスパートナー、いや、親友として見ていてくれたからあのときは最初に話してくれたんだし、心の中を打ち明けてくれたんだと思う。
大石が青学を去ってしまった。
俺の中では皆同じ学校に通って、たとえテニス部に入らなくても、学校内では顔を合わせることぐらいすると思っていたんだ。
だけど大石は別の学校に進学してしまったし、手塚だってドイツに行っちゃった。
もちろん、これからは皆がそれぞれ違う道を歩むんだってことぐらい知っていたし、未来なんて変わるんだから当たり前のことなんだ。
だけど…俺は今でも受け入れられない。
もう高等部に入学してしまった今でも…。
ほぼ毎日学校へ通う今、テニス部に入った俺は一年らしく球拾いをしている。
そして先輩の応援。
ゆっくりと時が過ぎる。
中等部のときは待ってと言っても待ってくれないくらい、日常なんて早く過ぎ去ってしまったのに。
時間ってなんてあっけないのだろう。
ストレッチをしていると不二が声を掛けてきた。
「英二、浮かない顔してるね。どうしたの」
「んー…なんかさぁ、時間ってあっけないなって」
「意味深だね。英二らしくないな、何かあったの?」
「不二はさ、今の生活に納得してる?俺はあんまりなんだよね…」
不二が悲しそうな顔をした。
俺が言いたいこともちゃんとわかっているんだ。
俺は以前から大石や手塚の話をしては涙目になっているのを何度も見ているから。
泣いても仕方のないことだけれど、勝手に流れてくるからどうしようもない。
特に大石とはずっとダブルスを組んできたパートナーだったから、いなくなった衝撃は想像をはるかに越えていた。
「ねぇ英二、もうすぐ夏休みになるじゃない?大石も夏休みになったら皆でテニス部同窓会しようよ」
「テニス部…同窓会?でも…手塚は…おチビだって…」
「ドイツもアメリカも行って戻ってなんて簡単にできるさ。都合つけてもらおうよ」
「海外組は…忙しいと思うよ?もうプロだよ?お遊びじゃなくて仕事なんだよ?俺達なんかに構ってる暇なんてきっと…」
俺がまだ言い終わらない内に不二は俺の両頬をつねった。
思い切りではなく、優しくだけど。
俺がネガティブ発言をすると不二は俺に喝を入れてくれる。
そして優しく慰めてくれるんだ。
「英二!どうして悲観的になるの?!企画すれば絶対皆来てくれるよ!僕が幹事をやるからさ、英二も手伝ってよ!ね?」
このときの不二の表情が俺は大好きだ。
ね?と首を横に傾げて上目遣いになる不二は愛らしくてなんだか目を逸らしたくない。
ずっと眺めていたい感じなんだ。
きっとこうして女の子を落とすんだろうな、なんて思いながら俺は同窓会の案に賛成した。
皆が来たらきっと俺の涙腺は崩壊するにちがいない。
不二が取り仕切り、まず青学高等部に残っている乾、タカさんに声を掛けた。
乾は俺達と同様にテニス部に所属しているからすぐに話ができた。
快く承諾してくれた。
タカさんは寿司屋の修行のために部活には入らなかったけれど、よく廊下ですれ違うから話はできる。
タカさんも喜んでいた。
早く実現して欲しいな、と言われた。
他のメンバーにはメールで送った。
メールは味気ないから直接言いたかったけれど、さすがに俺達がドイツやアメリカに行くのは難しいから仕方なくメールという手段に頼った。
意外にもおチビから返信が早くて、いつでも日本に帰るという内容だった。
おチビにしては珍しい、きっと寂しいんだな…と思うことにした。
大石からも返信が来て、まだ夏休みじゃないけどいつでも大丈夫という返事だった。
他に、今では部長となって青学中等部テニス部を引っ張っている海堂や、副部長の桃、レギュラー入りをついに果たした荒井や応援&解説でお馴染みの堀尾、カチロー、カツオも来てくれることに。
問題は手塚だった。
やはり試合が続いているのか、大事な期間だからか、なかなか返信が来なかった。
やっぱり手塚は無理か、と不二と話していたらちょうどよく返信が来た。
「英二!手塚も来れるって!なんとか都合つけてくれるってさ!やったね!!」
「わぁい!これで皆に会えるね!!!」
二人でテンションを上げてハイタッチをした。
実現できるとわかって俺の心は踊っていた。
同窓会はタカさんの家でさせてもらうことにした。
中等部の頃が懐かしい。
あのときのようにまた皆ではしゃいだりできるのかと思うとワクワクが止まらない。
同窓会は8月の上旬に行われた。
大体のメンバーが揃っている。
まだ来ていないのは海外組と大石。
早く来ないかな、と店の入り口で立ち往生していた俺。
ちゃんと来るはずだから中で待っていようよ、という不二の言葉も忘れてただ立ち尽くしていた。
道路から誰かが来た。
あの人影は…大石!
「大石!」
「やぁ英二!元気だったか?」
「うん!」
「大石来たの?じゃあ中入りなよ」
久しぶり、という挨拶もないままに不二は大石をすぐ店の中に入れた。
なんだか不二がイライラしているように見えた。
大石とはあまり会話できずに、また入り口で待つことに。
まだ確かに海外組が来ていないけれど、今は大石と話をしていたかった。
不二も俺の隣にいる。
というか引っ張られて動けなかった。
「あの二人、そんなに立ってなきゃいけない程待ちきれないんすかね?」
「うん…やっぱり海外進出したプロ達だからな。俺なんかより気になるんだろうな」
大石が言った言葉が耳に入って俺はドキリとした。
俺の行動が大石を傷付けた…?
俺はすぐに大石の元に駆け寄った。
不二の手を振り払って。
「大石、そんなことないよ!?大石が来てくれたの、すごく嬉しかったんだから!海外組が来るまでおしゃべりしよ?」
不二は俺が離れたことに苛立ったみたいで、入り口から一番近くの座敷に座った。
なんであんなにカリカリしてるのかわからない。
だって俺のパートナーだった大石が来てくれたんだよ?
話さないなんてできないよ…。
後に海外組が到着すると皆拍手喝采だった。
一人拍手をしていない人物がいた。
幹事として一番張り切っていたはずの不二だった。
まだ未成年だからと日本酒を取り上げられ、仕方なくジュースで乾杯をした。
肝心なときに幹事の不二はいなくなっていた。
仕方ないので副幹事の俺が乾杯の音頭をとることに。
和気あいあいと進む中、いなくなったまま放置もできないので不二を探しに行った。
店にはいないようだからもしかしたら外にいるのかもしれない。
もう夜になりつつあって薄暗くなっていたけれど、俺はちょっと外に出た。
すぐに見つけた。
電信柱に背を預けて一人佇んでいた。
なんでせっかく皆が集まったのに、一人でこんな場所に立っているんだろう。
知っている仲間なのに声を掛けづらかった。
俺はそっと近付き、不二に声を掛けた。
「不二…何やってるの?皆楽しくやってるからさ、不二も混ざろうよ…一緒に―――」
話し終える前に塞がれた口。
何が起きたのか理解できなかった。
頭が真っ白になって現状を理解しようとしたとき、今度は強く抱き締められた。
こんなこと…生まれてこのかたされたことがなかった。
女の子にだって…ない。
恋愛の“れ”の字も知らないのに…なんで…。
「僕の…いて」
「え?」
「僕の英二でいてよ…やだ…他の人とばかりしゃべってるの…見たくない…」
「不二…?」
不二の言いたいことがよくわからなかった。
どうしたらいいかわからなくて、戸惑っていると不二は俺の頭をふんわりと撫でた。
くすぐったいけど、指が髪を通ると気持ちがよかった。
「ごめん…君を困らせる気はなかった。僕が言ったこと…気にしないで」
「待って!」
「何…」
はっとした。
不二が泣いてる。
あんなに自分の弱いところなんか見せなかったのに…。
俺は不二を悲しませてしまった。
さっき不二の手を振り払って大石のところへ行ってしまったから。
「不二…ごめんね。大石とばかり話してて…」
「英二…いいんだ。いいんだよ…君は大石が好きなんだろ?」
「違うよ!大石とは本当にただダブルスパートナーだったから話してただけ…だから不二が遠慮なんてしなくてもいいんだ」
「じゃあ…僕が英二に好きと言ったら付き合ってくれるのかい?…ほら、やっぱり考えるだろ?いいんだ―――」
俺は不二の頬を軽く叩いた。
ぺしっと軽い音がした。
不二は一瞬何が起きたのかわからなかったみたいだった。
「勝手に話作るなよ!…不二、俺は不二と付き合わないなんていつ言った?言ってないよね。俺は不二のこと好きだよ!だから…」
「英二…?」
「今日から俺の恋人!だよ?」
「英二…!いいの?でも…」
「俺がいいって言ってんだからいいに決まってんだろ!てか俺は不二が好き!不二のものになりたい」
俺はもう一度不二に抱き締められた。
後ろに傍観者がいるのも知らないで。
「ちぇっ、英二先輩フリーじゃなくなっちゃった。つまんないの」
「なんだ?越前。日本にせっかく戻ってきたのに不満か?」
「…そういうアンタだって不二先輩取られて悔しいくせに」
なんて会話がされていたことも知らないで、俺達は見つめ合ってキスをした。
