今朝も目が覚める事に苦痛を感じる。
毎日が嫌なわけじゃない。
学校に行く事が嫌なわけでもない。
むしろ学校に行きたい。
だから鉛のように重い体を引き摺ってはベッドから降りて下の階に向かう。
体を重く感じるのは“栄養素”が足りないからだ。
テーブルにつき、朝食を食べてもその心が満たされる事はない。
腹が空いているわけではないからだ。
むしろ食べ物が喉を通らない。
無理矢理口に押し込めようとするとかえって吐き戻してしまいそうになる。
人間の自然な原理である、当たり前な事なのに我慢して生きているのがだんだん辛くなってきて、朝食を完食する事は出来なかった。
…代わりに胃の負担がかからないサプリメントを服用する。
せっかく朝食を作ってくれた母さんには申し訳なかった。
学校に行く手段でバスに乗るけれどとてもバス停まで行けなかった。
特に今日は体調が悪い。
ここまでして学校に行く必要はないかもしれない。
でも行かなきゃ行かないでまた僕は辛い気持ちになる。
…会えなくなるのはもっとイヤだから。
気が付くと見覚えのある赤い車が僕の側に停車する。
姉さんだった。
僕の朝の表情があまりにも悪かったからと心配してくれたらしい。
学校まで送ってもらう事にした。
「ありがとう、姉さん」
「いいけど…周助、本当に学校に行って平気なの?無理はしない方がいいわよ」
「平気だよ…朝練には行きたいんだ。今一番大事なときだから…」
僕は窓から風景を眺めていた。
住宅街付近を走る赤い車はそれほどスピードは出ておらず、ゆったりと景色が変わる様をただじっと眺めていた。
すると、ふっと一瞬何か僕の心を揺るがすものが視界に入って心臓が大きく跳ねた。
目も普段より大きく見開いてしまった。
僕にとっての大事なもの。
食べ物より、サプリメントより大切な栄養素。
見ただけでどうして元気になるの。
言葉を交わしたわけでもないのに、触れ合ったわけでもないのに。
僕の視界に入った途端に血が全身に巡るような気がした。
「周助、もう大丈夫ね」
「え?」
「朝の食事にフルーツや野菜を加えたって周助にはビタミン不足なのよ。本当のビタミン剤はサプリメントでもなんでもないわ。ほら、早く行ってらっしゃい!」
姉さんに急かされて車から降ろされると、姉さんはすぐに発車して行ってしまった。
ただ呆然としていると後ろからぱたぱたと走ってくる音が聞こえてくる。
近くまで来たかと思った瞬間、背中から衝撃を受け前につんのめりそうになる。
抱き締められたのだ。
「おはよ〜ん、不二ぃっ!!」
「え…英二…」
「お前姉ちゃんに送ってもらったの〜?いいなぁ、俺なんか歩きだぞー?お前も一緒に歩けっての!」
ぐいぐい肩を組まれてどうしたらいいかわからない僕。
意識しなかったときは何でもないスキンシップが今では恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
お願いだからそんな大きく輝いた瞳で僕を見ないで。
もっと求めてしまいたくなるから。
ブレーキが利かなくなる前に僕から離れて…っ
「不二…?お前顔真っ赤だよ?だいじょーぶ?」
「えい…じ……」
「不二?んっ…!」
だって欲しいんだもの。
足りないんだもの。
僕に栄養を下さい。
でないと僕は具合悪くて倒れてしまうから。
だから僕にちょうだい。
英二という名のビタミン剤を。
