同棲して一年が過ぎた頃だった。
お互い社会人になって仕事が忙しくなり、一日中慌ただしい暮らしをしていた。

朝は出社しなきゃだからとせかせかしてるし、夜になったらなったで明日また早く行かなきゃだからとすぐに寝てしまう。
こんな生活ばかり続けていたせいで、最近は不二とまともな会話をしていなかった。


ある日の朝、今日は俺がごみ出し当番だからごみを袋に詰めていた。
いらなくなったビデオテープが可燃か不燃かわからなくて不二に聞いた。





「ねぇ不二〜、ビデオテープって可燃?不燃?」

「んー…不燃かもね」

「かもねって…調べてくんにゃいの?不二暇なんだから調べてくれてもいーじゃん」

「暇じゃないよ」

「テレビ見てんじゃん」

「今日の天気を見てるんだよ。勝手に暇とか決めつけないでくれる?」

「人が困ってんのに呑気に天気なんて見てないでよ!外出たときに空見ればいーじゃんか」





と言った瞬間、テレビの電源を切った不二はリモコンを床に叩き付けた。
大きい音が響いて辺りは静まり返った。





「僕はごみがすぐ出せるように前日に準備してるから。いちいち人になんて聞いてないよ、君みたいに」





不二がそう言うとガサツに鞄を持って玄関に向かった。
むかついた。
思わずビデオテープを投げつけた。
不二は背をこっちに向けたまま、俺の投げたビデオテープを空いてる手でキャッチした。





「こんな固いもの…人に投げたら危ないだろ」





これを機に俺と不二は会話をしなくなった。











家に帰っても“ただいま”を言わない。
家に誰もいないわけじゃない。

不二はいる。
リモコンを投げつけた床がまだ直っていなかったようで、修理をしていたらしい。






「………」

「………」





誰も何も話さない。
気まずい空気は続いたままだった。
でも俺は謝る気がない。
だって悪いことなんてしてないもん。
ただあのとき聞いてみただけで、不二がリモコン投げてキレるとか意味わかんない。
理解できない。



ご飯は毎日交代で作る。
食器を洗うのはご飯を作らなかった方が洗う。
ちゃんと当番制にしてるから特にモメることもない。
だけど一つだけ問題がある。

ダブルベッドの件だ。
寝室もそれほど広くないから、とベッドは一つしかない。
しかも俺が勝手にダブルベッドとか呼んでるだけで、実際の大きさはシングルベッドなのだ。
つまり嫌でも一緒に寝なきゃいけない。





「………」

「………」






狭い。
いつもならそう感じたことなんてなかった。
毎日抱き合って、くっついて寝ていたから。
でも今は違う。
とてもこの状況で抱き合うなんてできない。

ベッドの端に寄って相手にぶつからないように眠ることで必死だった。

















喧嘩したまま一週間が経った。
情けない。
今の自分の感情にあるのは寂しさだった。
あれだけ俺は悪くない、謝らないって言ってたくせにね。
謝ろうかって考えてる。
だってこのまま不二と話さないなんて…もう耐えられないよ。

話したい。
抱きしめてほしい。
俺をみつめてほしい。





「あ…あのね…」





皿洗いをしている不二。
俺の声…聞こえてるのかわかんないけど手は動かしたままだ。
それでもいい。






「…不二に当たってごめん。準備しなかったの…俺が悪かったのにね…」

「……」





不二の手が止まった。
聞こえていたみたい。
水を止めてスポンジを握り締めたまま、不二は俺を見た。





「そのこと…なんだけど…さ。僕の方が悪いんだ。床に物を叩きつけて英二を驚かせて…。暴力的だった」

「それを言ったら…!俺だって不二にビデオテープ投げつけちゃったし…」





互いが互いを許し合って、自分の非を認めた。
俺だけじゃなかった。
不二もまた寂しいと感じていたらしい。





「英二…ごめんね」

「俺こそごめん…仲直りしてくれる?」

「もちろん!」





不二は手に食器洗剤の泡をつけたまま、俺を抱きしめた。
よかった…やっぱり不二が側にいてくれなきゃ俺は生きていけないもん。

















「にゃ〜!!!遅刻〜!!!」

「英二!早く!ごみは?!」

「ふぇ…えっと…うわぁん!準備してなかった〜」

「適当に詰めて!」

「う〜…壊れた傘って可燃?不燃?」

「不燃だよ!ほら急いで!!」





また今日もせわしない一日が始まる。
でも今日はすごく気分がいい。