毎日の通勤。
押し合いへし合いの満員電車は日々ストレスを与える元であり、不快であることこの上ない。
電車通勤をやめればいい話だが、自分が通勤する会社が駅前通りにあるとなると車で通勤は出来ない。
駐車場がないので仕方なく、人でごった返した電車に乗るわけだ。
そんな中、僕の隣にいる赤い髪の乙女…つまり僕の恋人がいつも一緒に手を握ってくれていて。
彼は僕の中学時代からの親友で、仲間で、恋人だ。
今、彼はパン屋で働いている。
僕の会社に近い場所にあるパン屋だから昼間の食事時は配達販売をしてくれる。
仕事の昼休みを利用して君に会える、絶好のチャンスなわけだ。
しかし、彼の魅力に惹かれる者は僕一人ではない。
つまり余計な虫までもが英二に見惚れているのだ。
英二はたとえそんな目で見られようとも、相手になんかしない。と言ってくれたが、英二の気持ちに関係なく悪い虫が付くのを僕は黙って見ていられない。
気が気でないので配達販売は僕にだけしてくれ、と言ったらそれは業務上無理!と強く英二に言われてしまった。
わかってはいたが、英二を見て涎を垂らしている輩など見たくもない。
英二は僕だけのものだ。
決して誰にも触れさせない。






電車は大きく揺れ、掴まる場所がない僕は英二の肩に掴まってしまった。
英二は酷く驚いて青ざめ、血の気が引いていく表情をしていた。
そんなに驚かせてしまったなら謝らなくてはいけない、と思ったが僕は英二の様子に違和感を覚えた。
何故か英二は小刻みに震えていたのだ。
震えているのは電車が揺れているからだとか、そんな単純な理由じゃない。
危機を察知した僕は英二に尋ねる。






「英二…大丈夫?何か…あった…?」

「う…っ…ぅ……!」






唇を噛み締めすぎて出血さえしていた英二。
尋常じゃない状況に僕は人混みでありながらも英二周辺に隅々まで目をやった。
すると英二の下部の前方をまさぐる手が見えた。
はっきりとわかるゴツゴツした固い手。
明らかにこいつが英二を不快にさせている要因であることに間違いはない。
しかし英二は首を横に振る。
僕がその手を掴もうとしていたからだ。

英二は騒動を起こしたくないのか、僕がどうにかしようとする度にブンブンと首を振る。
僕は英二につらい思いはして欲しくないから犯人を捕まえたいと思う反面、英二が何もするなと態度で示すから嫌われたくなくて、結局僕は何もする事が出来ずに目的地の駅に降りる事にした。

英二が走って行くので僕もすぐさま追いかけた。






「英二っ!大丈夫!?」

「…うん」

「大丈夫じゃないでしょ、君震えてた」

「もう…終わった事だから…ケガしたわけじゃないから…」






英二はつらそうに息をしながら僕に寄りかかった。
苦しいならどうして僕を頼ってくれなかったの?
僕があいつを捕まえれば少しでも君を解放させてあげられたのに…。

易々と僕の英二に触れた男が許せない。
混みすぎていて誰が犯人かもわからないあげく、僕が何一つしてあげられなかった事が情けなくて仕方ない。






「英二…ごめんね」

「なんで不二が謝るのさ。たまたま…乗り合わせた車両が悪かっただけじゃん」






この状況において今もなお無理矢理笑顔でいようとする英二が痛々しかった。
僕は英二を抱き締めた。
相変わらず僕は格好悪くて、ろくに恋人でさえも守り抜く事が出来ない。
何のために僕がいるのだろう。
自信もなくて力もなくて、ただ震える英二を抱き締める事しか出来なかった。






「不二…」

「英二…こんな僕じゃダメだよ。情けない…何にもしてあげられなくて…」

「俺は大丈夫だって!そりゃさ…ちょっとは怖かったよ?でも…不二がいてくんなきゃ俺、今こうしてすらいられなかったもん」

「英二…でも…」

「俺のヒーローは不二だけだもん!いてくれるだけで元気をくれるの。だから自分を責めたりなんかしないで!ね?もう俺、怖くないよ」






英二は僕の手を胸に置き、心拍を聞かせる。
トクトクと落ち着いたリズムで流れる心拍。
英二はにっこり笑うと立ち上がり元気を取り戻した。






「ほんじゃ、店に行くといたしますか!」

「英二…本当に大丈夫なの?」

「平気平気♪だからさ…不二」

「ん…何?」

「今日の事、忘れられるくらいに無茶苦茶にして…感覚がなくなるくらいに」

「…わかった。じゃあ仕事が終わったら電話する。いつものベンチで待ち合わせね」

「りょーかいっ!」






今日、僕の家に来てくれることになった英二。

僕は格好悪いけれど、いつまでも君のHEROであり続けたい。