朝いつも通りに起きて学校へ行く支度をする。
大好きなイチゴ味の歯みがき粉を使ってくしゅくしゅ歯を磨く。
歯みがきが大好きな俺は何よりも丁寧に、時間をかけて磨く。
女の子が化粧を時間かけてやるのと同じ感じ。

…でもたぶん今日はいつもより時間をかけている。
それはちょっとした理由があるから。






「おはよう、英二」

「あ、不二…!おはよ〜」

「…ん、なんかいい香りがする。英二何かつけてる?」

「わかる?ちい兄ちゃんから借りたんだ〜、英語で書いてある香水だから読めなかったけどいい香りだからお前もつけてけば?って」






嘘。
本当は俺からお願いして貸してもらった。
不二との…会話の架け橋になればいいなって思ったから。

それと今日は覚悟を決めて言わなきゃいけないことがあるから。
だから自分に少しでも自信がついたら、と思ってつけた。






「あのね…不二」

「うん、何?」

「俺ね…話したいことあんの。だから部活終わったらちょっといいかな」

「だったら今聞くよ?」

「い、今はダメ!あ…後がいいんだ。部活終わった時がいい、それまで待ってて…!」






不自然にしか見えなかったと思う。
でも今なんて絶対言えない。
日が暮れるまで待ってて。

でないと…気持ちを抑えていられなくなっちゃうから。
1日のモチベーションが下がってしまうから…。
結果は見えてるんだ。

その後も不二の視線が気になった。
気が付くと不二は俺を見ている。
俺の気のせいなら全然構わない。
でも…俺の言動は明らかにおかしいと自分でもわかる。
たまに目が合ったりしても笑って誤魔化したりした。
もうじき俺は不二と会話もできなくなっちゃうんだろうな。






部活が終わり、解散する頃。
俺の方が支度する時間がかかっていた。
というよりわざと時間をかけていた。
皆が帰るのを待っていたから。
不二は部室の中に設置してあるベンチに座って、テニスの雑誌をパラパラ捲っていた。
俺に早くしろと急かすわけでもなく、ただ待っていてくれることが嬉しかった。

最後に鍵当番の大石が残っていたけれど、まだ部室に残る用事があるからと言って鍵当番は俺が請け負った。
手を振って大石に挨拶し終えると、不二は雑誌を閉じて俺を見た。
用件があると言ったのは俺だ。
俺が言い出さなくては何も始まらない。
ついにこの時が来てしまったんだ。






「あ…あのね…」

「うん」

「…やっぱりなんでもない」






狡い。
散々待たせたくせに結局言わないなんて。
不二は怪訝な顔をした。
当然だ、言いかけてやめるなんて一番のタブーだ。
でも俺には勇気がなかった。
俺が自分の気持ちを言ってしまうことで全ての関係が崩れさってしまう。
怖い。






「英二…なんでもないってことないでしょ?僕ずっと待ってたんだよ。それなのに」

「ごめん…自分勝手だよね、俺。今日のことはやっぱ忘れ―――」






夕陽が沈んで窓から暁色が差し暗くなり始めた頃。
さらに影になって俺は何かに包まれた。
暗くて、視界がよく見えなくて、でも暖かくて優しくて心臓の高鳴りが止まなかった。
俺は不二に抱き締められている。






「英二が言わないなら僕が言うよ…僕は英二が好きだ」

「!」

「待っていたよ…この時を。日が暮れるまで待ってなんて…僕はどれだけ待ちわびていたか。早く君の話を聞きたかった。だからチラチラ見たのに言わないし…じゃあ時間が経つのを待とうと思ったけれど英二はなんでもないなんて言うし」

「だ…だって!」

「焦れったいんだよ…僕は我慢出来なかった」






不二はさらに俺を強く抱き締めた。
また夕陽の沈む角度が変わり、部室はほとんど暗い。

誰もいない部室に不二と俺だけ。
しかも抱き締められた状態。
高鳴りは止まないままでどうしたらいいかわからなかった。






「英二…ずっとこうしていてもいい?」

「え…うん…」

「僕達…付き合おうよ。一緒に食事したり、遊んだり、キスしたり…英二といろんなことがしたい」

「うん…俺もそうしたい」






日が暮れて真っ暗になっても俺達は抱き合ったままだった。