俺は今25歳。
学校を卒業して会社に勤めてる。
就職状況は厳しくてやっと勤めることができたから嬉しい。

なんて言っていられるのは最初の方だけで、待遇が悪い会社だったためにこの間 は体調を崩してしまった。
休もうかと思ったけどそう何日も休めることなく、完治しないまままた働きに出 かけた。



何のきっかけもないのに突然ふいに、あいつの言葉を思い出した。







“僕と一緒にプロを目指そう”







とんでもない話だった。
俺は冗談だと思った。
テニスの世界で生き残れる人なんて本当に僅かじゃん。
ついこの間、世界大会で8位に残った日本人がいたけど、日本人が残れるのなん て何十年ぶりだって言ってる。
それだけ厳しい世界なんだ。

プロを目指すなんて絶対簡単なことじゃないのにさ。








「それ、無理だってば」







笑って否定。
現実味のない話だって思った。


悲しそうな顔をしていたのが印象に残ってる。
不二…。

もしあの時、不二と一緒に目指すと言ってたら。
今の生活は変わってたのかな。

























結局不二とは離ればなれになった。
不二はプロを目指すって志は変わらなかった。
今頃…何してるのかな。
元気にしてるのかな。


どこにいるのかも知らない。
なんでだかわかんないけど俺…今不二に会いたい。


中学のときに知り合ってからずっと仲良しだったのに。
連絡なんてずっと…取ってなかった。

ケータイのメモリには不二の電話番号もアドレスも入ってる。
でも…繋がらない、宛先不明で連絡はつかなかった。

あのとき…不二は何かを言いたげだった。
どうして俺は…聞かなかったのかな。

気にもしないで。
今更後悔したって遅いことぐらいわかってる。







不二…


























新聞のスポーツ欄やニュースを見たりしてるけど不二の名前はない。
活躍しているなら名前はあってもおかしくはない。
たとえ海外に行ってたとしても。







家に帰って冷蔵庫を開けると缶チューハイ。
あんまりお酒は飲まないんだけど…今日は眠れないから飲んじゃえ。

プルタブをカチッと上に起こす。
炭酸が抜けて飛び散った液体が指についた。
ぺろっと舐めた。

味がしないのは気のせいってことにした。

























朝起きてまた会社に出向く。
ぐったりしてるのがわかる。
ダメだ…しっかりしなきゃ。

睡眠不足や疲労が溜ってて…なんて理由にはならないんだから。







家を出て、車に乗って。
会社に向かうとき、大きな交差点で沢山の人がいる…
当たり前なことなのに…俺おかしい。
いるわけないのに…

いるわけないのに…









不二がいる気がした。

















「英二!!!」







人ごみの中から知ってる声が聞こえた。
間違いなんかじゃない。
今の…今のは…







「不二…?」

「まさかこんな所で会えるなんて思わなかった!英二?ちょっと時間ある?今さ …えい…じ?」







俺は目の前にいるのが不二だって信じられなかった。
気が付けば俺…泣いてる。







不二を助手席に乗せて俺の家に戻った。
会社なんてどうでもいい。
どうせ待遇悪いんだからクビにでもなんでもすりゃいい。
何よりも不二と話したい。








「久しぶりだな…英二の家。ところで英二は仕事だいじょう…」

「いいの!不二は?」

「僕は…昨日解雇にされてね。フフッ…僕をクビにするなんていい度胸だよ。会 社の出入り口に倒産するよう呪いの札を貼ってきた」







俺はびっくりした。
不二の呪いってすごく強力そう。
笑いながら俺は不二がプロを目指すのをやめたんだ、と思った。
やっぱりやめちゃったのか。







「君の言う通りだったよ。プロは無理だった。だって僕なんかより上手い人なん て沢山いるんだもの」

「…そっか」

「就職したはいいけどさ…残業ばかりでね。もう疲れちゃったとこにコレだよ」







不二は容姿・声ともに中学のときと変わっていなかった。
いや、声は少し低くなったかな。
さらに大人っぽくなってた…。


しかも不二からいい香りがする。








見下ろしてる不二はかっこよかった。















「あれ?そういえばなんか見下ろされている気が… もしかして背…伸びた?」

「そりゃあれから10年も経つんだよ?背ぐらい伸びるよ」















昔は俺の方が背が高かったのに。
不二の方が成長していたなんて…ちょっとくやしい気持ちになった。

でも…こんな偶然があるなんて知らなかった。
不二に会えるなんて思わなかったから。


今日はたくさん話がしたい。
今までにあったいくつもの出来事を全て… 不二に話したいと思った。

全部知ってもらいたいし、話したい。
















「ねぇ不二。俺ね、いっぱい話したいことあんの。 …付き合ってもらってもいい?」

「もちろんだよ。…僕も英二といっぱいお話したいよ」
















時計の歯車のようなカタンという音がした。
…のは気のせいかな。

俺は暗くなっていた気持ちが晴れていくように 清々しい気持ちになった。



今日のことは忘れられない出来事になった、と後で日記に記した。