壁には様々な種類がある。
コンクリートからベニヤ、ガラス…いずれも目に見えるものだけれど、僕には一つだけ見えない壁がある。
その壁の材質はただの空気。
空気が僕を排除する。
君とは触れ合えない、邪魔な壁があるせいで今日も君が何処に行こうとしているのかわからない。
大学を卒業した僕達は社会人になった。
あっという間に時は過ぎるものだ。
時が過ぎると世の中はもちろんのこと、皆全てが変わってしまう。
僕はその変化に気付いていきたいし、受け入れたいと思っている。
しかし…英二は毎回違う男性と一緒に歩いていた。
何をしているのかわからない。
だったら連絡を取ればいい話だ。
だが英二から返信はしてくれない。
メールも電話も何回もしているのに…
僕から見て英二には見えない壁があり、そこは僕の踏み入れて良い世界ではない、ということだ。
悲しかった。
だけど壁があっても破ることはできる。
携帯で連絡がつかないなら直接向かわせてもらう。
英二の住んでいるアパートは知っている。
これでも数ヶ月前までは頻繁に遊びに行っていたからだ。
今考えると嘘のような話だ。
あのときはずっとこの状態が続いて、ずっと英二と一緒にいられると思っていたから。
子供でもないくせに突然家を訪ねるなんて非常識なことはわかっている。
それでも僕は会いたくて英二のアパートを訪れた。
しかしチャイムを鳴らしても反応はない。
まだ帰ってきてはいないみたいだ。
あるいは、朝帰りかもしれない。
それでも僕は根気よく待つつもりだ。
英二…早く会いたい。
小鳥がさえずると僕は目を覚ます。
僕は英二の家の前で寝ていたのだ。
…いや、違う。
ここは外ではない。
部屋だ。
誰の部屋だ?
まさか…
「おはよう不二…やっと起きたんだね」
「英二…!僕は…」
起き上がり、服を見れば着替えてあった。
誰が着替えさせてくれたか、考えなくとも英二だ。
しかも髪も綺麗になっている。
シャワーもしてくれ…シャワー?!!
「英二!いろんなことしてくれたのは嬉しいけど!嬉しいけどさ…っ」
「あ、だいじょーぶだいじょーぶっ!さすがにお風呂は入れられなくてタオルで拭いてあげただけだから〜。もしだったら今からシャワーしてきていいよ〜ん」
僕の知っている英二そのものだった。
僕は安堵したけれど、未だにこの状況が落ち着かなくて頭を冷やすためにもシャワーをお借りした。
全く記憶にない。
寝ていたこともさることながら、部屋に入った記憶すらないとは。
重症だ。
「シャワー、ありがとう」
「ほいほ〜い。…さてと!なんで俺の家に来たのか理由を話してもらいますか!」
「…それは」
「うん…不二の言いたいこともわかるよ。俺の行動に…変だって思ってるんだよね…わかってる」
隠しきれないか、と諦めた様子で話す英二はにっこり笑いながらもどこか哀愁を漂わせていた。
英二に何があったのか。
気になって仕方なかったことが今になって漸くわかることに。
「俺さ…人を信じられないみたい」
「英二が?どうして…」
「うん…なんでだろ。やっぱ付き合った奴がちょっと嫌な奴だったんだと思う。信じたくてもさ、期待って裏切られるときがあんじゃん?それで…深い付き合いはもうやめようって決めたの。だから一緒にいる奴は固定しないで…その場かぎり。それでおしまい。後腐れもないし、相手にも重いって言われないし。俺は信じないわけじゃないんだけどさ…軽い付き合いの方がいいみたい。こんな俺と関わらせたら不二が嫌がると思って連絡しなかったんだ。ごめんね…」
「そんな…嫌がるわけないじゃないか!英二…どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ…」
知らない間に僕よりも大人になっていたんだ。
常に明るくて悩みがなさそうな天真爛漫な君は僕よりも苦しい思いをして、それを誰かに打ち明けることもなく一人で解決してきたんだね。
僕は英二が知らない世界に羽ばたいていたことに気付かなかった。
ずっと英二を見てきたつもりだったから、わかっているつもりだったんだ。
でも君の悩みも気付かずにいて、何一つわかってやれなかった。
それを壁ができたと勝手に決めつけたのだ。
…僕は英二の顔を見るのが辛かった。
「こんな俺…尻軽な奴って思ったらそれは正しいよ。俺だってそう思うし」
「そんなことないっ…英二は悩んだんだろう…?悩みも聞いてやれない僕が何故英二を批判できる?そんな資格…僕にはないんだ」
「不二…自分を責めないで。こんな俺を心配してくれてたの…嬉しかった。まさか俺の家の前にいると思わなくて驚いたけど…不二がいてくれてよかったよ」
にっこり微笑んでいる姿はやっぱり僕の知っている英二。
壁なんて存在しない。
ずっとこのときを僕は待っていたんだと思う。
英二を捉えた僕の目はそこにしか注目できなくて、気付けば自分の気持ちを確認しながら英二を抱いていたんだと思う。
嫌ならば抵抗すればいいわけで、英二はそのまま僕を受け入れた。
でも…僕に対しても軽い付き合いしかしないのなら…この幸せが続くことはない。
だけど…たとえ英二が僕を拒んでも僕は諦めるつもりはない。
何故なら…僕は英二が好きだから―――
