俺が毎日登校する学校。
青春学園中等部。
春には桜が舞い散って綺麗な桃色の絨毯ができていた。
夏になれば今度は緑が生い茂ってさらさらと葉の擦れる音がする。
蝉が煩くなる時期だからさぞや暑いだろう。
秋は紅色や黄色、茶色に葉が色付いて落葉していく。
木枯らしが吹いて寒さを肌で感じやすくなる。
冬は東北や北海道みたいに真っ白な風景が…とはならないけれど、一段と冷え込んで冬将軍がやってくる。
俺達は学ランの上にダッフルコートを着たりして寒さを凌ぐ。

日本の四季は実に美しくて、色から景色から何から何まで綺麗だった。
毎年この風景を眺めるのだと思っていた。
しかし。
もうこの風景には戻れない。
戻らない。

俺が目の当たりにした風景は全てどす黒い紫色に一変した。
どろどろとわからない粘着性のある紫色の液体が散らばっていて、映画かドラマのワンシーンを見ているようだった。
そしてたった今、自分の好きな人が紫色の液体を口から吐いた時…全身防護服を着た人達に連れていかれる。

お前はこう言った。

『君は死なないで』

と。













俺は毎日いつものように学校へと向かう。
その場がこれから悲惨な状況になろうとしていることにも気付かずに。

出入口玄関で不二と会った。
いつもどおりにおはようの挨拶。
にっこり微笑んで挨拶を返してくれる不二。
俺は不二の笑顔に毎日癒され続けていた。
綺麗な微笑み。






その瞬間、爆発音がした。
何かテロでも起きたんじゃないかという酷く残虐な音。
同時に耳を塞ぎたくなるような人間の悲鳴。
見たくない。
見たくない…怖い。
何が起きたのか自分の視界に入れるのが怖くて、音の聞こえる方向とは逆の方向を見る。

不二に抱かれて目を塞がれた。
不二は頼りになる存在。
俺がこういうものに弱いことは前々から知っていた。
レンタルした映画でたまたま人体切断や死体の映像が入っていたりするシーンがあると目を閉じるからだ。

ねぇ…今学校で何が起きているの?
怖いよ…こんなの…嫌だよ…

爆風によって割られたガラス。
破片は飛び散って俺の足に刺さった。






「うぁっ!いたっ…何…なんなの…」

「英二、大丈夫…僕が抜いてあげる」






優しく、俺が痛くならないように刺さったガラスを抜いてくれた不二。
不二はもう大丈夫、僕が守ると言う。
ねぇ…早く逃げよう?
こんなところにいたら俺達死んじゃうよ…!

訳もわからず二人で抱き合って立ちすくみ、震えていた。
不二は大丈夫だから、と言っているけれど手が震えているのがわかる。
不二だって無理しているんだ。

俺が迷惑かけちゃいけない。
不二から離れた。






「英二!なんで離れるの!?ダメだよ…いけない、離れちゃダメだ!!」

「…だって俺、いつも迷惑かけてばかりだもん…不二、大丈夫だから!!」






お互い顔を見つめ合って驚いた表情をした。
それもそのはず。
俺達の背後に知らない誰かがロープを持って俺達を拘束したのだから。

意識が遠退いて不二がぼやけたと思ったら、視界から全てが消えた。













治験…実験体…薬…
嫌な言葉が聞こえて目が覚めた。
手首と足首はロープで繋がれていて、口と目にはガムテープが貼られていた。
自由になる部分は耳のみ。

その時不二の悲鳴が聞こえた。
情報は耳からしか入らない。
何をされたのかわからない。
恐怖しかないこの場所で不二が何をされたのかわからない。

またやってしまった。
俺があの時…自分勝手な行動さえ取らなければ…不二だけでも助かったかもしれないのに。

知らない男の声で「感染しました」と聞こえたらバタバタと倒れた。音がした。
聴覚だけでは状況の把握はできない。
ずるずると蠢く床を這いずる音は俺の側まで来るとガムテープが外された。
目が見える。口も訊ける。






「ふ…じ……」

「…英二。とりあえずこの部屋出ようか」






ロープを外してもらい、身動きできるようになった。
そして気付いた事は…辺りに防護服を着た人が2、3人倒れている。
何が原因かは知らないけれど、その人達はピクリとも動かなかった。

俺は体の痺れが酷くてすぐには動けそうにない。
一方不二は完全に歩けなくなってしまっている。
足に何か打たれたのか。
俺は不二を肩に担いだ。
今度は俺が不二を助ける。
そう思ったのに不二は俺を突き飛ばした。
原因不明の紫色の液体を吐きながら。

お前はこう言った。
君は死なないで、と。

別の防護服を着た部隊が数人不二を取り囲むと苦しみもがく不二を無理矢理に連行した。

誰がこんな目に遭わせた?
どうして不二はこれ程に苦しまなければならない?
何処にぶつけたらいいかわからない怒りは、目の前の防護服を着た奴らにぶつける他なかった。

殴りかかった。
突き飛ばした。
引っ掻いた。
だけど背中に傷みを感じた瞬間意識が遠くなった。
不二は不安そうな目で俺を見ていた。

ごめん…不二を守ってやれなくて。
いつも頼ってばかりいたから今度は俺に頼ってもらおうと思ったんだけどな。

倒れた時に涙が頬を伝った。
でもその涙は紫色だったと床に落ちた時にわかった。
俺もまた…感染していたのかな。
そもそもこれはなんなんだよ…。

でも…不二と一緒なら…俺は怖くないや。

瞼を閉じる前に不二に俺は微笑んだ。