ふと目が覚めてハッとすることはしばしばある。
幾度も同じ夢を見ている僕。
それは偶然なのか、あるいは意図的なものなのか、定かではない。
自分の昔の記憶のような、そんな曖昧なものだから自分自身に聞いてみても何なのかよくわからない。
誰かが歌う子守唄。
きっと僕のために歌ってくれているのだと思う。
僕を眠らせるために歌ってくれたのだと思う。
それはとても静かで繊細な、綺麗なメロディだから。
しかし…誰が歌っているのかわからない。
聞いたことのあるような、ないような…
ただ無意味な夢なら構わないけれど、これだけ同じ夢を見るなら何か理由があるはずだ。
ベッドから起き上がる際、まるで僕を離したくないと言っているかのように掛け布団が温かくて自分から剥ぐのが惜しかったけれど、時間に余裕があるわけでもなかったから急いで支度をする。
やや外側に跳ねてしまった髪先を寝癖直しの代わりに水を付けてハネを直す。
英二だったら僕と逆のことをするのだろうけど。
鏡の前でセットをしていると姉さんが“早くして”と僕を急かす。
姉さんは化粧に時間がかかるから僕がいつまでも洗面所を使うことを嫌う。
だったら僕より早く起きたらいいのにね。
バタバタと忙しいのも朝の定番…というわけじゃない。
わりと僕は早めに行動をするから、余裕があるはずだけれど、やはり今朝の夢が気になってしまってつい考え込んでしまう。
おかげで時間が切羽詰まってゆっくりできなかった。
少し小走りで歩けば学校が見えてくる。
なんとかギリギリで間に合ったみたいだった。
僕が校門から入って数歩進んだとき、ちょうどチャイムが鳴る。
そこでうわぁぁ〜とやたら大声を出して走ってきたのは…僕のクラスメート、もしくは内緒の恋人、菊丸英二だった。
てっきりもう校門をくぐっていると思ったのに、まさか英二が遅刻するとは。
確かに英二はいつもギリギリだけど遅刻したのは初めてじゃないだろうか?
「遅刻!遅い!」
「ふぇー…間に合うと思ったのにぃ」
ぷくーっと膨れた英二の顔は可愛かった。
今ここで襲ってしまいたいくらいだ。
英二は生活指導の先生にしっかり名前をチェックされると、さっきの走りとは反対にのろのろと鈍い動きで僕のところに来た。
僕が残念無念また来週?なんてふざけて言ったらさらに頬を膨らませたので、これ以上からかうのはやめた。
英二の肩を叩いてお互い5分前行動をしようか、と言った。
「そーいえば不二がこんな時間にまだ校舎にいないのも珍しくない?いつも余裕なのに」
「うん、今朝ね…ちょっと気掛かりな夢を見たんだよ。誰かが僕に子守唄を歌うんだ」
「え!?子守唄!?」
「そう、なんでかなぁ。最近いつも同じ夢しか見ないんだよ。何か意図でもあるのかなって思ったけれどよくわからないし」
「実は俺も同じ!うそ…あんまり一緒だから今気持ち悪いって思っちゃった」
「英二も子守唄の夢を?まさか…本当に?」
嘘ついたって得しないっしょ!本当だよ!と英二は言った。
信じられないけれどどうやら本当みたいだ。
何故僕と英二が同じ夢を?
なんだか不思議だ。
「でも英二!同じ夢見たなら運命を感じる、って言って欲しかったな。気持ち悪いだなんて言わないでよ。ちょっと傷付く」
「じ、冗談だっての!なんでも本気に取るなって〜。でもさ、でもさ、なんで一緒の夢なんだろうね?しかも子守唄でしょ?」
「何か…スピリチュアルなものが…」
「え?なになに?不二ってオーラのなんとかっていう番組見てた?」
「姉さんが好きだったからね。占いの本を出版するくらいだからさ。あながち僕はああいうもの、嘘とは思わないんだよね」
なんとなく自分達の力だけではどうにもできないような域の話になり、僕達もスピリチュアルの本を真剣に読もうか、とか、○○の母とか言う占い師に見てもらおうか、とか、いろいろ英二と話し合っていた。
授業が終わって部活に向かうと大石やタカさんが話していた。
しかも驚いたことに彼らもまた、僕達と同じく子守唄の夢を見てばかりだと言う。
さすがにこれはただ事ではないと思い、他の部員にも聞いてみた。
手塚も海堂も桃も…そんなはずはない。
もし皆が口裏を合わせてやっているだけなら笑い話になるが、事実だと言う。
これが本当ならばこれからの全国大会に大きな支障が出るのではないか、と僕は不安に思う中で一人だけ静かに笑う者がいた。
乾だった。
「お前達は本当に素直な奴らだな」
「乾〜!ね、ね、乾は子守唄の夢見ないの?」
「フッ…俺は見ないさ。何故ならお前達は実験の対象にすぎない。その対象に俺は含まれない。ただそれだけのことだ」
「え?なになに、よくわかんないよー乾!わかるように説明してよぉ」
「お前達はケータイのアラームはいじらないのか?」
慌てて僕はケータイのアラーム画面を確認する。
アラーム設定で僕は見覚えのない曲が設定されていることに気付いた。
曲名は…まさに“子守唄”!!
いつの間に!?と叫ぶ僕ら。
誰一人として気付くことがなかったのだ。
ついさっきまでスピリチュアルがどう、なんて話していた自分達が恥ずかしい。
そんな大層なものではなく、ただの乾の悪戯にすぎなかったんだ。
なんてことだ、まさか気付かずにいたなんて…あの手塚でさえもショックを受けている。
だけどこれはいくら実験だのデータを取るだの言ってもやりすぎじゃないか?
勝手に僕達のケータイという私物に触れたのだから。
僕達が怒りを露にしていたとき、越前がまたまた部活に遅刻してやってきた。
そういえば越前はどうだったのだろう?
アラーム設定に気付いていたんだろうか?
「え。先輩達ずっと気付かなかったんすか、俺はすぐに気付いたから変えたけど。どうせまた乾先輩の実験とかなんとか言うんでしょ?あ、乾先輩。いくらデータ取るためなんて言っても勝手にケータイいじるのやめてもらいません?プライベートなことなんで」
越前は至って冷静だった。
こともあろうか、一番年下の後輩がちゃんと気付いていたので僕達は恥ずかしいことこの上ない。
もちろん、こんなデータを取ったからって何の役に立つかもわからないから、皆から攻められて乾がボコボコになったのは言うまでもない…。
