眩しい太陽に照らされ、あるいは雨に叩きつけられても頑丈なのは足元に触れる草花達。
6月になってから除草作業が入り、僕らの学校周辺も行われることになった。
にょきにょき伸びた雑草はもはや僕の身長までも追い越してしまう。
信じられないがこの時期の雑草はあり得ない程の成長を遂げる。
雑草魂とはまさにこのことで、本当に強いのだと思った。
そんな逞しく生きる雑草の中で、可愛らしく赤紫色の花をつけた植物が目に入った。
花もまた雑草の一種らしいけれど、緑々した中に一つだけ赤いのはとても目立つし、いくら雑草でも抜かれて枯れるのを待つのも想像したくなかった。
だから僕はその赤紫色の花を、根を痛めないようそっと抜き家に持ち帰った。
そして今、僕の部屋にある花瓶の前でじぃっとその花を眺めているのは英二。
「不二が花を生けるなんて珍しー」
「うん、いつもなら母さんか姉さんがやってるんだけどさ、今日は自分でやってみたくなったんだよね」
僕は窓辺に置かれたサボテンの隣にある赤紫色の花を日差しが当たるように向けると英二は不思議そうにして僕を見た。
雑草の花なんてなんで持ち帰ったのかってさ。
なんでだろうね、と言うとまたしても僕のことを変なヤツと言った。
この言葉は僕にとっての誉め言葉だ。
まぁ自分でも雑草を生けるなんて変わってると思ったけれど、この雑草…いや雑草なんて言ったら失礼だ。
花はとても美しい。
心はこんなにも穏やかになるものなんだね。
眺めていると英二がいつまでも眺めてないでゲームしようって言うから眺めるのをやめた。
ところで。
僕達は付き合っているのか付き合っていないのかはよくわからない関係だった。
普通に見ればただの友達に過ぎない。
けれど手を繋いだりするし、泊まっていったりだってする。
泊まるというのに深い意味はないけれど、一緒の布団で寝ている。
だからって僕が英二に手を出したりはしない。
逆に英二から僕に何かして欲しいということもない。
ただの友達、と言うには何かが違う気がする。
不思議といえば不思議なのかもしれない。
でも僕はこんな関係でいられて、英二と一緒にいて、とても楽しい。
嬉しい。
今日も英二は泊まっていくと言った。
もちろん僕は喜んで、良いよと言った。
ある日の部活が終わった後、桃が英二と越前を連れてハンバーガーショップに行くようだった。
しかし英二は家の都合で早く帰らなくてはいけなかったらしい。
僕はその話に加わるわけではなかったけれど、たまたま声が聞こえたから桃の方を見たら目が合ってしまった。
すると桃は気を遣ったのか、僕に声をかけた。
「不二先輩と帰りにどこか寄ったことってないっすよね〜!一緒にハンバーガー食べません?」
「僕と?いいね、行こうか」
「ならば俺も行こう。滅多に見ないメンツの組み合わせだからな…いいデータを取れるかもしれないな」
「い…乾先輩…データって…別にテニスはしないっすよ?」
「まぁいーじゃん、桃先輩。3年生二人もいたら気前よく奢ってくれるでしょ」
何ヵ月経っても相変わらず態度も大きければ生意気な1年生だな、越前は。
まぁそれはさておき。
この4人でハンバーガーショップというのも面白い。
英二がいないのが残念だけどね。
ハンバーガーショップに着いて、それぞれが好きな物を頼む。
何故か気付けば財布を握る僕がいて、後ろに3人控えていた。
「乾、半額は君も出すんだよ?」
「うむ…やはりそうくるか」
当たり前でしょ、と言いながら僕はとりあえず全額払った。
後で半額支払ってもらおう。
席に着き、一生懸命ハンバーガーを食べる後輩を前にして、僕の隣にいた乾が僕に質問した。
その内容は“英二と付き合っているのか?”という質問だった。
僕はいや、と首を横に振る。
すると桃がハンバーガーを喉に詰めて、むせていた。
「ごへぇっ!!ぶほっ!!つぎあっでないんでふか!!がほっ!!!!」
「え?うん」
「桃先輩、きったない!ちゃんと飲み込んでから話して下さいよ!」
「う…うるへぇ越前!…ごほっ!あっ、えっと…不二先輩は英二先輩を家に連れて泊まってもらって、しかも一緒の布団に入って寝てるって話じゃないっすか!なんで…」
「君…なんでそこまで知ってるの?」
ギッと乾の方を見ると視線を逸らした乾。
以前乾に、英二が家に泊まっているときは何をしているんだ?と聞かれたので正直に答えたまでだった。
全く…口が軽いのはいただけないな、と思いつつ言われたからって困ることでもないのでいいけれど。
すると、越前が話に興味があるらしく、話題に乗ってきた。
「なんで一緒の布団に入っていながら何もしないんすか?男としては抱きたい気持ちがあるんでしょ?」
「英二だって男だよ」
「そんなの関係ないじゃないっすか。不二先輩、素直になった方がいいっす。たぶん英二先輩もずっと抱き締めてくれるのを待ちわびていると思いますよ」
「余計なお世話だよ」
「不二、道端に咲く花はなかなか手にとってもらえない。だが気を持たれたら早く持ち帰って欲しいと願うだろう。枯れる前に水を与えなくては花も待ちきれずに萎れてしまう」
乾が突然詩人のようなことを言ったので、僕は飲みかけていたコーラを噴き出してしまった。
なんなんだ、そのたとえは。
しかし越前は乾の表現は上手いと言っている。
僕にはよくわからない。
センスの問題だろうか。
僕が反応を示さないでいると、越前は僕に生意気ながらも喝を入れた。
「不二先輩、早く英二先輩を抱いた方がいいっす」
「だから…なんで君にそんなこと言われなきゃいけないの」
「英二先輩だけじゃなくて不二先輩のためでもあるんすよ。英二先輩きっと寂しがってます」
…という何故か僕と英二の会話になってしまった。
なんでこんな話になってしまったんだろう?
僕が英二を抱く?
抱く…
英二を僕の家に呼んだのはその二日後。
英二はまん丸の目をキラキラさせて僕を見ていた。
英二は可愛い。
抱きたい気持ちがないわけじゃない。
むしろ抱きたい。
でも僕が手を出して、英二が嫌な気持ちになったりしないかが不安だった。
花を摘んで水をあげる前に枯れてしまったらどうすればいい?
その後を想像するのが凄まじく恐ろしかった。
だったら何もしないのが一番いい?
いや、それじゃあダメだ。
僕は英二の気持ちを確かめてみたかった。
僕はそっと英二の頬を手で包むと英二は気持ち良さそうな顔をした。
英二は目を瞑る。
キスしたい。
キスしてもいい?
嫌だったら僕を思い切り拒絶してくれていい。
僕は英二の唇にそっとキスをして、そのまま英二を抱いた。
「…遅いよ不二」
「えっ…?!」
「不二が好き…このときを待ってたの…優しくなんかしなくていい…激しく俺のこと抱いて」
僕の身近にいた花。
それは英二…君だったんだね。
