僕にとって人生で初めての恋人ができた。
名は菊丸英二という、テニス部で一緒の男子。
僕は付き合うとか恋人とかわかっているようで、よくわかっていなかったけれど、英二の熱い思いをはね除けるなんて絶対できなくて。
というより拒否という選択はしたくなくて。
英二が女の子みたいに可愛いから、一緒にいたからどんな子かもわかるし、付き合うってことをしてみたくて迷わずオーケーをした。

でも実際付き合うと何をしたらいいのかわからなくて、雑誌に載っていたモテデートの秘訣30という項目を何度も読み返した。
しかし、実際デートをするとなると金がかかって仕方ない。
選んだ雑誌がまだ大人過ぎたのかもしれない。
中学生向きの雑誌がないか本屋で調べて、よさそうなものを選ぶ。
これは…。






選んだ雑誌はやっぱり失敗だったのかな。
英二がものすごく震えている。
僕は英二を見下ろす形になっていて、英二は僕に手首を掴まれて僕を見上げる。
ぷるぷる震えている英二はまるで小動物だった。
怖いんだと思った。
だけど、中学生向きと思われる雑誌の紹介で、中学生でもヤってみたい10の心得の一つが自宅でセックスだった。
こんなのまだ早いと僕だって思った。
だけど雑誌はいろんな人が見るから特集していたんだと思うし、特殊なことをわざわざ載せたりはしないはず。
だからきっと僕は間違っていないんじゃないかな…と思う。






「不二…お…俺…」

「怖くないよ…大人になろ?気持ちいいんだよ。付き合ったらしなきゃ」

「しなきゃって…俺まだ…」

「大丈夫、僕を信じて」






やり方はマニュアルを読んでいたから間違いはないんだと思う。
でも英二はあんまり良くなさそうだった。
痛いって叫んでた。
僕のやり方がダメだったのかな。

一線を越えてから英二はあんまり僕にメールをしてくれなかった。






それから僕の家に来るときは英二とやりまくった。
恋人って二人きりで出掛けたり、手を繋いだり、キスしたり、セックスをするんだって書いてあったから。
ほぼ毎日会って、話して、触れて、抱いて。
これが今の中学生の付き合い方なんだ。
間違ってないはずなんだ。
じゃあなんで英二は笑ってくれないんだろう。






あるとき、僕は英二に拒否された。
正式に言うと僕の提案を拒否された。
提案とは教室でヤる、ということだった。
これも雑誌に載っていたものだ。
でも英二は納得してはくれなかった。






「何を納得しろって言うんだよ!!教室なんて誰が見てるかなんてわかんないじゃんか!」

「だって…雑誌に…」

「お前が読んでる雑誌ってなんだよ!何!?猥褻な雑誌だろ!?俺達まだ中学生なんだよ!?そんなことできないよ!!」

「どうして…英二のことが好きだからしようって言ったのに…」

「俺を好きなら何もするなぁ!バカ!!!」






酷い衝撃だったんだと思う。
僕は頭がクラクラしてきた。
英二は僕を愛してはくれない。
違う。
愛していない。
だから拒むんだ。
僕は英二の声も聞こえなくなって、気を失った。






何が間違っていたんだろう。
英二を愛してはいけなかったんだろうか。
いや、英二だって僕を愛してくれていたはずなんだ。
じゃあ何を間違えた?
僕は雑誌を鵜呑みにしたのが間違いだった?
わからなくなった。
恋って甘いものじゃないのか。

今の僕は苦しいだけだった。






ある日英二から突然メールが来た。
なんだろうとメールを読む。
そこには英二の謝罪があった。
そして僕を嫌っているわけじゃないとも書いてあった。
とにかく話がしたいから会いたいという内容だった。

英二から連絡が来たのはすごく嬉しかった。
早く会いたい。






待ち合わせたのは近くの公園。
テニスコート付近のベンチで待ち合わせ。
腕時計をチラチラ見て辺りを見渡すと英二らしき人物が見えた。
手を振ると向こうも振り返してくれた。

英二はテニスラケットを持っている。
僕も持っている。
何故ならテニスをしたい、と言われたから。
無言のまま僕らはコートに入った。
何も話さないで英二はサーブを打った。
僕がそれを返す。
ただその繰り返しだった。

あるとき、英二がミスをしてボールを落とした。
そこで全てが無音になった。
英二が黙って僕を見つめている。

風が僕らの髪を掻き回す。
葉っぱが地面を滑って空に舞う。

僕は身動きができなかった。
英二の瞳がだんだん冷たくなっていく。
それは僕にとってつらかった。
英二がいなくなってしまうような感覚。
嫌だ。行かないで。

僕の側に…


そのとき英二はラケットを地面に捨てた。
英二が消えてしまう。

僕は全速力で走り、英二へ抱きついた。
英二はびっくりしたのか、慌てふためいていた。






「苦しい…僕は英二を失いたくない…もし英二が嫌なら…全力で英二の嫌がることはしない…しないから…僕から離れないで…お願い…」

「不二…俺だって離れたくないよ…でも…この間のエッチは痛かったし、つらかった。だから…だから…」

「ごめん…ごめんね…もうあんなやり方しないし、僕らにはまだ早すぎた」

「うん…」

「僕は先を急ぎすぎた。付き合うからには何か今までにないことをしなきゃって思ったんだと思う。でも急ぐ必要なんてなかった。ねぇ、英二…今度はゆっくり友達みたいな関係から築いてみてもいいかな。距離を置くってことじゃないよ?ゆっくり付き合いたいんだ」

「うん…俺もそうしたい…」






恋ってのはさ、簡単じゃないんだ。
とてもとても難しいことなんだ。
苦くて甘いもの、それが恋なんだ。