もうやめて…
僕のコードを弄るのはやめて…
データが何度も何度も書き換えられる。
記録されたはずのコードは次々消去され君との思い出も消されていく…

僕が愛していたのは英二であって…お前なんかじゃ…ないのに…






目をぱちりと開ける。
気付けばベッドに寝かされている僕。
重たい体を起こしてふと横に目をやると眼鏡を外した男が眠っている。
名前は…手塚国光。
僕の…“愛している手塚”が横で眠っているということは一晩一緒にいたのかな。
曖昧な記憶でなんとなくでしか覚えていないけれど、“愛している手塚”が僕の隣にいると“落ち着く”。
あぁ…でも体が痛い。
一人で自分の体が支えられないような感じ。
ふらついてベッドに手をつこうとしたら手塚に支えられた。

僕の“癒し”になる腕が温かく僕を守ってくれる。






「…起きたのか。お前は朝が弱い。無理するな」

「ありがとう…“手塚”。君はやっぱり優しいね。愛してるよ…“手塚”」






軽いキスを僕から送る。
まるで今までもそうしていたかのように違和感なくキスをするけれど、何故か心臓にピクリと痛みを感じる。
僕は“手塚を愛している”んだ。
何も間違いなんかないはず。
でも何故か泣きたくなってしまう。

僕はまた故障したのかもしれない。
僕は人間に作られたアンドロイド。
元は感情も何もなかった僕がこれほど人間に近しい存在になったのも乾という工学博士が手を加えたからだ。
美しく仕上がったと乾は言っていたけれど、乾なんかよりももっと言われたい人が僕にはいたはず。

僕を綺麗だと。
カッコいいと。
優しいと。
そして…大好きだと。
ずっと側にいてねと。

この台詞を誰かが言っていた気がするのに思い出せない。
それは誰。






「何を考えている」

「え…いや…何も」

「…お前は俺の事だけを考えていれば良いんだ」

「んぅっ……!」






しつこいキスは不快感しかない。
僕が愛しているのは紛れもなく手塚のはずなのに…違和感がある。
考えると頭が痛くなる。






ある日一緒に手塚と歩いていた。
手を繋いで歩くと温もりが掌から伝わって温かい。
すると正面から赤い髪の男が立ち尽くしていた。
その髪は太陽に反射していて、眩しくも煌めく髪。
愛しいと思ったが手塚には知られないように心に留めておく。

彼が僕らに声をかけたので僕は返事をしようとした。
しかし無理矢理に手塚は僕の腕を引っ張って連れていく。
あまりに勢いよく引っ張るので僕は前につんのめりそうになった。






「不二ぃっ!!!!」

「…え?なんで僕の名前…」

「あいつに構うな。俺についてくればいい」






手塚はあの赤い髪の男を知っているらしいけれど、僕はわからない。
でも僕の名前を呼んでくれているんだからきっと知り合いか何かなんだ。
僕は思い出せないけれど。

すると猛ダッシュで僕に近寄り、彼が僕の腕を引っ張って走っていく。
何が何だかわからないまま、手塚は慌てた様子であり、赤い髪の男は余裕綽々で僕を連れ去る。
足の早い彼はすぐに建物の陰に隠れ、手塚をやりすごした。
強制的に連れて行かれたのに何故か僕は嫌な気持ちにはならなかった。
むしろ楽しかった。
彼は可愛らしい笑みを浮かべて僕の肩に手を置く。






「もうお前にこんな思いはさせない。俺が思い出させてやる」






彼は僕にキスをした。
舌を絡めて深くて時間も世界も全てを忘れてしまうような甘いキスだった。
そうしているうちに何かが甦ってくる。
記憶に回想が流れて今までの思い出が溶け込む。

そうだ…僕は不二周助。
目の前にいるのは…僕の恋人の英二…!






「英二…っ!」

「良かった…思い出してくれたんだね。さぁ…手塚達がきっとお前の事血眼になって探してる。早く行こう」






認識記号を書き換えられた僕は英二との思い出を全て手塚に置き換えられていた。
それを知らずに僕は手塚と一緒にいた…。

これまでで僕は何度英二を傷付けてきたのだろう。
考えただけで頭痛がする。
ある時は手塚にも抱かれていたんだ…
こんな僕を英二は許してくれるのだろうか。
様々な思考が僕を阻む。
僕の異変に気付いた英二は一度足を止め、僕に囁く。






「不二が考えてる事…気にしなくていいから」

「…え?」

「お前、優しいから絶対俺に対して負い目があるって考えてただろ。でも過ぎた事なんて気にしない主義だから」






英二はにかっと笑って僕の手を握った。
僕も彼の微笑みと同じように笑い返す。

遠くの方で手塚の声がした。
僕達は再び走り出した。