1球…また1球…

目の前にある機械は俺をめがけてボールを投げてくる。
この練習をやめたときは敗北を意味する。
俺は絶対諦めない。

諦めたくない。











練習量を2倍、いや3倍に増やして毎日トレーニングをしている。
まるで海堂みたい。
俺がここまでして練習する理由はただひとつ。

不二に勝つため。

俺は次のトーナメント戦で不二に勝たなきゃいけない。
どうして勝たなきゃいけないか。
それは俺の秘密を守るため。


この話をしたのは今から1ヶ月前の話。











部活を終えた後、部室に戻ると不二がいた。
上のユニフォームを脱いでシャツに着替えている。
背中をこっちに向けているから俺には気付いていなかった。
俺はじっと不二を見つめていた。
気付いてくれるかな…

あ…気付いた…





「…どうしたの、英二」

「あ…えっと…」





何この沈黙。
本当はただ普通の会話をしようと思ってただけなのに。
今日の俺はおかしいみたい。

気付けば不二に抱きついてた。
不二は驚いた。
当たり前だよね、俺男だし。
こんなところ不二ファンの女子に見られたら俺殺されちゃう。





「英二…なに?」

「あ…ごめん…」

「謝られてもわからない。何がしたいの?僕抱き枕じゃないけど」





怖かった。
俺はふざけたつもりにして誤魔化そうと思ったんだけど…。
不二は嫌だったみたい…桃やおチビじゃないんだから、こういうことされても困るよね。

すぐに手を引いてもう一度謝った。
部室から出ようとしたとき…不二に呼び止められた。

振り返るとすぐ近くに不二がいた。





「意味不明なことしないで。僕にわかるように説明して…どうして抱きついたの」

「そ、それは……」





好きだから。
でも言えない…不二は俺を部活仲間としかみてないから。
きっとそんなこと言ったら不二は困るはず。
俺は言葉を発することなく、部室から出ようとした。







「待って、英二」

「…え?」

「…僕に言いたいことがあるんだろ?でもそれはとても言いにくいこと───違うかな?」





当たってた。
どうして不二はすぐ人の心を透かすように読み取ってしまうんだろう…。
俺はゆっくり頷いた。






「じゃあこうしよう。次のトーナメント戦、僕が勝ったらその“言いにくいこと”を必ず言うこと。英二が勝ったら…言わなくていいや」











こうして俺は秘密を守るために不二に勝たなきゃいけなくなった。
でも秘密にしておくことがいいことなのか、よくわからなかった。
いっそ言ってしまった方が楽なのかもしれない。
でも言っちゃえばいいってもんでもないし…どうしよう…。





結局試合の結果で決まるなら神にまかせてもいいのかもしれない。
俺はできる限りのことはやる。
真剣に勝負に挑む。

勝っても負けてもどちらでもいい。


















「40-30!」





驚いた。
俺は今不二と試合をしているわけだけど、5―3と俺がリードしてる。
信じられなかった。
不二には頑張っても勝てないと思っていた。


たまたま今回のトーナメント戦で不二と当たることになったわけだけど、ダブルス向きの俺じゃシングルス向きの不二には勝てないと思ったのに。







「…お前、本気でやってる?」

「やってるよ、失礼だな…いつのまにか強くなってて驚いたよ」





不二は息を切らしているように見えた。
そう、“見えた”だけ。
実際疲れてなんかいないはずだ。
不二が観月と試合していたのを思い出した。
あのときと同じ…

このままじゃ逆転される…!





「その手には乗らないもんね!!」







ただ“攻め”あるのみ!
と思ったけどボールは俺の横をすり抜けた。
点…取られちゃった…





「英二…どうしたの?君の動き…止まっているように見えるよ」

「い、今のは…!」





わからなかった。
前に出て…攻めるつもりだった。
なのに…不二は…





動きが完全に悪くなって不二のポイントになっちゃった。
気が付けば5―3から5―6に。
あと1ポイントで不二が勝っちゃう…





「やっぱり…我慢はしないで吐き出した方がいいみたいだね」

「な、何が言いたいの?」

「英二が勝ちそうになってから動きが急に悪くなった。君は困惑しているんだ…このまま勝って、秘密を言わないままでいいのかをね」





図星かもしれない。
俺は肯定も否定もしなかった。

結局そのままポイントは不二に取られちゃって俺が負けることになった。






「さぁ約束だよ。英二の秘密…明かしなさい」





試合を終えて俺達は部室にいた。
言いにくいことだろうから、とドアに内鍵も掛けてくれた。

ためらいながらも俺は不二が好きだと言った。





部屋はシンとした。
音量を0にしたんじゃないかと思うくらい静かになった。
ほら、だから秘密はやっぱり秘密のままの方がいいんだ。
言わなきゃよかった。





「…ただそれだけだよ。じゃ…」

「僕、まだ返事してないんだけど」





ドアノブに手を掛けたとき、不二に声をかけられた。
そんな…返事なんて聞きたくないよ…。






「僕が英二のことどう思ってるのか…興味ないんだ?」

「だって…俺…その返事聞く勇気が…ない」





下へうつ向いた。
そのとき何かが俺を包んだ。
不二が…俺を抱き締めた。






「勇気?いらないよ、そんなの…。僕も好きだから」

「え…!?」

「僕も英二が好きだった。でも最近英二の態度が変だった。僕のことが嫌いになったんじゃないかと思った…」

「ち、ちが…!」

「でもこの間僕を抱き締めてくれた…嫌いだったらきっとしないはずだって。だからこの試合に…賭けてみたかった」





俺は…負けてよかったんだ。
でももし俺が勝っていたら…どうしていたんだろう。
ずっと友達のままだったのかな。





「この筋肉の付き具合とか…前と違うよね。僕に勝つために…自主練してたんだってね」

「うん…」





不二は俺の腕を上から下へなぞるように触れた。
それから…胴回りもなぞるように触った。

何故か下半身が熱くなった。





「ねぇ…また試合しようよ。今度は賭けなんかしないでさ」

「うん…今度は負けない」





互いを見つめ合った。
俺は少し恥ずかしかった。







「英二は僕のNO.1だよ」





顔に手を添えた不二は優しく俺にキスをした。
スポーツドリンクの甘い味がした。