※文中で出てくる“詐欺”という言葉はペテンと読んで下さい。
あんまし不二菊ではないかもです。
見る人によっては不仁に見えるかもです。
でも違います!


























「お前が今戦いたい相手は誰じゃ?」






立海との練習試合で突然言われた台詞。
僕が顔をそちらに向けると、ピンクの髪ゴムで長い後ろ髪を束ねた、銀髪の男が立っていた。
彼は僕と全国大会決勝戦で当たった相手、仁王だった。

僕達青学は全国大会優勝をした後でも、度々他校と練習試合をしていた。
本来三年は引退だけれども…
既定のルールは僕らには意味をなさない。

と言うわけで今、立海と試合をするわけだが…まさか再び仁王と試合をすることになるとは思わなかった。
幸村と本当は試合したかったんだけどな。






「今…部長と試合したいと思ったじゃろ。残念だが部長はそちらの部長さんと話してるじゃけん、試合できないぜよ」

「あぁ…。僕は誰とでも構わないよ。君とまた戦えるなんて嬉しいな」

「…プリッ。棒読みで言われても嬉しくないのぅ」






棒読みなんかじゃないよ、と否定はしたけど実際はそうだった。
彼は次、誰に化けてしまうんだろう?
そう考えただけでも詐欺師をあまり相手にはしたくなかった。
誰にでもなれるとは恐ろしいこと。






「素の君がいいのに。別に誰かにならなくたって十分な試合は望めるだろ?だから今日は素の君と…」

「素の俺が詐欺じゃ。誰にもなれないなら、それは俺じゃない」

「なるほどね…じゃあ仕方ないな」

「ピヨッ」






全く面白い奴だと僕は心の中で笑った。
じゃあ今度は誰に変身するのか楽しみだね。


コートに入ると試合を終えたばかりの黄金ペアが戻ってきた。
相手は柳と柳生だったみたいだけどどうやら6ー4で勝ったらしい。
英二が応援してくれてる。
嬉しい。






「あ〜!決勝戦んときと同じじゃ〜ん!不二頑張って!」

「ありがとう、英二」

「…不二、決めたぜよ」

「何がだい?はっ…まさか…」

「……ぶいぶいび〜!不二、俺と勝負だ〜!」






仁王の奴、誰になるのかと思ったら…英二に変身した!?
ネットを挟んだ向こうには確かに仁王がいたはずなのに!
そしてフェンスの向こうには英二がいるのに…!






「あ〜!あいつ、俺になりすましてる!も〜本当の俺はここにいるっての!!」

「やっぱりあいつの詐欺はすごいな…英二にしか見えない」

「こーら!大石!感心なんかしないの〜」

「やるね…でも完全に英二にはなりきれてないよ…!!」






騙されはしない。
僕の大好きな英二は…フェンスの向こうにいる。
君は英二なんかじゃない。

ゆっくり近づき、サーブ権を決める。
ラケットを回そうとしたとき、目の前の英二が僕の手を取った。
ラケットはコトンと音を立て、地面に落ちる。

目の前の英二は下から覗き込むように、頬を紅色に染め僕を見た。






「サーブ権、俺にちょーだい?」

「英二…」

「公式の試合じゃそんなわけにいかないけどさ…今日は練習試合だし…ダメ?」






気持ち悪いほど似ていた。
少なからずとも一瞬でも心が揺れたのは事実だった。
サーブくらいいいだろうと、僕は目の前の英二にサーブ権を渡した。
するとフェンスの向こうの英二が騒ぎ立て始めた。






「不二ー!なんでサーブ権やっちゃうのさ!」

「大丈夫だよ…僕は。負ける気ないから」






明らかに僕はおかしい。
目の前は偽物なのに。
本当はフェンスの向こうにいるのに。
目の前の英二がひどく可愛いのだ。
いけない。
本気で戦わなくてはいけないのに僕はあっという間にポイントを取られてしまった。






「…不二、どったの?もしかして俺に遠慮してる?いつもどおりにしていいんだよ」

「英二…」

「ふーじー!騙されんな!それは俺じゃないってば〜!!!」

「いや、英二。もう不二の瞳には仁王がなりすます英二しか見えていない。…叫んでも無駄だ」

「わぁーんバカバカぁ!大石ひどい〜!!ふーじー!俺はここに…」






僕は目の前にいる英二が色っぽく、なおかつ美しく綺麗で見惚れていた。
試合など、もはやどうでもいい。
ラケットを捨て、僕はネット向こうにいる英二の側へ行く。
審判をしてくれていた真田の声も、僕の耳には届いてはいなかった。

目の前にいる英二は若干うろたえていた。
まさか試合を放棄してまで来るとは思わなかったんだろう。
やや後退りしながら固まった姿勢でいる英二に対し、僕はハグをした。






「な、な、な…何やってんの不二?だ、だめ…だよ、今試合を…」

「英二が可愛くて…つい」

「やっ…でも…」

「今日こそは優しくするよ…いつも力の加減ができなくて…ごめんね」

「(なんの話だ―――!?)いやいや、そうじゃなくて…」






そのときだった。
僕の後頭部には激しく重い痛みが走り、バコンという音と共に僕はコートへ倒れた。
何が起きたのか全くわからなかった。













ふと目が覚めるとここは保健室だった。
僕は後頭部にテニスボールを当てられ、気を失ったらしい。
テニスボールを当てたのが今、隣でふてくされた表情の“本物”の英二だ。






「もう信じらんねっ!仁王と俺が区別できないなんて」

「ち、違うんだよ英二!あまりにも似ていて思わず…」

「じゃあさ!俺と仁王と…どっちが好きなわけ?」

「それはもちろん…英二に決まってるじゃないか!!!」

「…ふぅ。よかった。もう二度と詐欺なんて引っ掛かんなよな!」






英二は一応僕を許してくれた。
僕ももう詐欺なんて御免だ。






「うん…ごめんね。ねぇ…英二…」

「にゃに…?え…ここで?…ん、いいよ」






やっぱり一番可愛いのは本物の英二だ。