さぁ、今日は絶好の晴れ日和だ。
きっといい日になるはずだ。













僕が家を出たのは真夜中の0時。
玄関に向かう際、由美子姉さんにばったり会ってしまった。
本当なら誰にも会わずに家を出発するはずだった。
当然、姉さんは僕を疑問に思い、何しに行くのと聞いてきた。
僕は放浪の旅に行くと言った。
僕に何かあったことを察した姉さんは僕の身だけ心配してくれて、あえて理由を聞かなかった。
姉さんには感謝している。
ありがとう。













何処へ旅に行くのか、とか、何のために旅をすることになったのか、とか、そんな愚問は聞きたくなかった。
ただ、誰も…人間のいない場所へ行きたかっただけだ。

人は一人では生きていけないと言うが、僕は一人という時間を大切にしたいと思っている。
孤独である幸せを感じたかった。
これはただのワガママなんだと思う。
それはわかっている。
でも…単純に、人間が嫌になったんだ。
というか疲れた。

しかししばらく大学を休むことになる。
単位は余裕に取れているので休むこと自体にあまり抵抗はない。
4年で確実に卒業することを約束したから問題は特にない。
そんなことより僕は…













もういい年だから警察に補導されることもない。
私服だし、ふらついていても誰も咎めたりしない。
なんて楽なんだろう。
すれ違う人も白い目で見たりしない。
安心感に満たされた。

僕が高校生だった頃も、今のように人間関係で疲れて学校も行かずに外をふらついたことがある。
だが当然、制服姿では学生であることが確実にわかる。
だから警察なんかによく話かけられていた。
サボるのなんて他にもいる。
僕だけじゃないのに。
彼らが僕の人生の一生を面倒見てくれるわけじゃないのに余計なおせっかいとしか言いようがない。
生き苦しい世の中だと感じた。













街を出る前に、自販機で500mlのペットボトルを買った。
これならスーパーで買った方が安いのは知っている。
でもそのスーパーには学校の知り合いがバイトをしているんだ。
顔合わせはしたくなかった。
いや、今は学校の授業でいない可能性もある。
だけど万が一会ってしまったら、何かしら話をしなくてはいけなくなる。
だったら最初から行かない方がいい。
今日はとにかく人にできるだけ会わないで一人で過ごすと決めたんだから。






街を出て、人気のない道路へ行く。
誰もいない空間に心が踊った。
そんなのおかしい、と言う人もいるだろう。
でも常に人と一緒にいたいなんて言っている人の方が僕はおかしいと思う。
こんな考えは…僕しか持たないのだろうか。






長く歩き、水分を補給する。
だけど困ることが一つある。
それはトイレだった。
トイレなんて人間が多く利用するところ=街にしかないんだ。
人のいない空間を求めた結果、また困ることが増えるんだと気付いた。






携帯で誰かと連絡を取り合うのもまた嫌だった。
だからあえて電源を切ったままにしていた。
でもこれだと時間の確認ができなかった。
あいにく、今日に限って腕時計を忘れてきてしまっていた。
旅支度はしっかりしたつもりだったが、全くできていなかった。
何故か使わない大学の授業の教科書が鞄に入っていたりする。

安易な気持ちで決めたわけじゃなかったはずなのに計画性がなかったというか、準備が足りなかったんだ。
僕は何をしたいんだろう…だんだん自分の行動を疑問に思うようになった。






しばらくして携帯に電源を入れて、新着メールを見た。
すると未読メールが36件となっていた。
朝の時点ではまだ0件だったはずだ。
…しかも全てが英二のメールだった。
僕は…涙が出そうになった。

急いで返信した。
また英二から返事がきた。

今すぐ大学に来てと言われ、僕はUターンをし、学校に行った。













英二は校舎の裏にいると言っていた。
だからすぐさま校舎の裏へと回った。
よく探さなくても、すぐに英二が何処にいるのかわかった。
植物の緑に混じり、赤々としたふんわりヘアーが一つだけ見えたから。






「…何が旅、だよ。ばか」

「人に…会いたくないことだってあるじゃないか。英二は理解してくれてると…」

「理解!?バカだろ、お前!俺、今日朝から不二に会えなくてどれだけ寂しかったか…!」

「わかってる…英二に会わないのは僕も辛かった。でも…」

「俺達ってただの馴れ合いなんだ?悩みも聞かない、ただヤるだけの相手だと思ってるんだ?」

「ち、ちが…」

「不二さぁ、脳が退化したんじゃないの?あれだけ中学のときから俺を大事に思ってくれて、大人みたいに優しくしてくれてたのにさっ!今じゃ全部自分の悩みは自分の中に押し込めて、誰にも気付かれないように消えちゃって!あとは知らん顔?俺の存在って不二の中ではちっぽけだったんだ!?」






英二は最後に僕の頬をパチンと叩いた。
痛いはずなのに何故か気持ちがよかった。
英二がいるのに何も言わなかった。
というか言えなかった。
君に迷惑なんじゃないかと思ったからだ。






「また俺に迷惑かけるとかなんとか言うんじゃないだろうな?俺のこと、いらないなら帰る」

「違う!違うんだ…英二。僕が間違ってた…つい頼ってはいけないと思って一人で解決しようとした。…間違っていたのは僕だ、英二…ごめん」






英二は僕の性格を理解していた。
前向きに考える英二とは対照的で、僕はどちらかといえば後ろ向きだ。
英二はそれを熟知した上で僕と付き合い、ついこの間…一線を越えた。
僕達は恋人だけど僕自身が英二に心の内を全て明かしていなかった。
だからすれ違いが起きたんだ。






「不二はすぐ奥に引っ込む。だからそれを引っこ抜く人が必要なの、わかる?その役目を俺にやらせてくれないのかって話だよ」

「わかった…ごめんね、英二」

「謝罪の言葉はもういらないよ!…不二、今からパソコンルーム行くけど来るよな?」

「え…でもあの部屋には人が…」

「もう昼休みだっての!来ないよ誰も!」






英二がいなければ今のような心境にはなれない。
英二は僕がピンチだとすぐ助けにきてくれる。
旅支度さえまともにできない僕だから…僕には英二が必要なのだと改めて知る。
やはり人間は一人じゃ生きていけないんだと悟った。