帰り道交差点の向こうに本屋がある。
今日は珍しくバスには乗らずに歩いているから寄ってみよう。
鞄の中に入っている文庫も、もう読み終わってしまった。
何か暇潰しになるようなものはないだろうか。
店の中を歩き回っていると一冊の本が気になった。
だいぶ古い本ではあった。
別にその本が読みたかったわけじゃない。
ただ視界に入った途端に“これは買わなきゃ”という気持ちになった。
その本のタイトルは
『心理テスト〜好きな人を振り向かせたい!〜』。
買うのは正直恥ずかしかった。
これはもしかしたら昭和に流行ったもののようで値段は意外にも高かった。
今までと全く違うジャンルの本。
こういうことなら姉さんに占ってもらった方がよかったかもしれない。
だけど心理テストっていうのは意外に当たるみたいだからよかったかな。
家に帰った僕は早速テストを試してみた。
結果は…
『相性のいい子は元気のある活発な子!自分にはない部分に引かれ、夢中になる
でしょう』
僕の思っている人もここに書かれているような人だと思った。
本の言う通り、自分にはない部分が彼にはある。
解説はまだ続いていた。
『振り向かせるにはアピールが必要です。相手はすぐに気付いてくれるとは限り
ません。いっそ、率直に述べるのも手です。』
率直に述べるって告白ってこと?
まさか!と僕は本を閉じた。
さすがに告白したら…
反応を見たくなくて告白するという考えはやめた。
アピールという言葉が頭から離れなかった。
アピールって何をすればいいんだろう。
僕の思いなんて伝わらないよ。
きっと彼は…英二は親友とまでしか思わないだろう。
僕は本を机に置き、ベッドに身を投げた。
考え事をしていたせいか、時間がなく僕は弁当を忘れてしまった。
今日の昼食は購買で買うしかない。
「え〜!不二が忘れものするなんて珍しい〜」
「フフッ…僕だって忘れものくらいするよ」
英二と購買部に行った。
噂には聞いていたけど戦争みたいに見えた。
皆で取り合いになっている。
もう完売してしまうんじゃないかという勢いだ。
その中には桃やタカさんがいたのが見えた。
二人とも必死だったから話しかけるのはやめておこう。
「えぇっもう完売〜?!あ〜…残念だったね不二」
「うーん…早めに来ないとダメだね」
「じゃあさ!俺の弁当半分個しよっ」
「いいの?」
「当たり前じゃーん!空腹じゃ夜までもたないっしょ?」
英二の優しさに涙が出そうになった。
英二だって男子にしては少食だから弁当の量は少ないのに…
「ね、不二。屋上行こうよ」
天気もいいから、と言った英二は僕の腕を引いて屋上へと向かう。
屋上にはカップルらしき人達ばかりで居心地がよくなかった。
いや…これはもしやチャンスかも?
この雰囲気に便乗して英二にアピールできるかもしれない。
もしあの心理テストの言う通りになれば…
僕は期待で心が踊った。
「俺の半分個ね!えーっとね…これと…」
「ありがとう、英二」
「ほいっ!あーん」
「え…」
「俺が食べさせてあげるってだけだよ?何恥ずかしがってるのさ」
「いや…それは…///」
「ふーんっ!不二は俺が嫌なんだ!」
ち、違う!!
そういうわけじゃない…
でも…周りの空気がラブラブな感じだったから…
いくらなんでも“あーん”は…
僕の気がおかしくなっちゃうし…
「受け取って…くんにゃいの?」
英二は上目使いで僕を見た。
こんなの反則だ!
可愛い英二を見て僕に我慢なんてできるわけ…
鼻血を吹き出しそうになった。
「不二…ひどぉい!」
「わかったってば!もらう!もらうから機嫌直して、ね?」
英二は頬を膨らませてプンプンしている。
こんな表情が見られるのも嬉しい。
英二が箸でつまんだ玉子焼きを僕は口へ入れた。
甘い玉子焼きだった。
口に含んだ瞬間、バターの香りがいっぱいに広がった。
なんて美味しい玉子焼きなんだろう。
僕は過大な表現をしているわけじゃない。
英二は本当に料理が上手だった。
「どう?どう?」
「…英二をお嫁さんにしたい」
「へ?」
「あ…」
玉子焼きの感想を聞かれただけなのに僕は何を言っているんだ。
しかも普通じゃ口にしないような言葉が出るなんて…。
英二は硬直している。
駄目だ…きっと僕のことを気持ち悪いと思ったに違いない。
あぁ、もう嫌われることになるなんて…
「不二のためなら毎日でも作りたいな」
「え?!う…うそ…」
「不二のお嫁さんなら…うーんとね、辛い料理も得意にならなきゃだね!」
「英二…」
「お嫁さんって響きいいにゃ〜…あっ」
英二の腕を掴んでつい力んでしまった。
僕をからかうなんて英二ってばひどい。
冗談でそんなこと言わないで…。
もっと僕は傷付いてしまう。
僕は本気だからなおさら…
「な、なに?」
「例えば、の話なんていらないんだ…いらないんだよ。だから…その話はもうや
めよう」
「俺、不二のお嫁さんになっちゃダメなの?」
からかうのはもう…よしてよ。
気もないくせに…
僕は英二から手を離した。
「待ってってば!不二のこと…本気なのに!!」
「本気って…」
「お…俺に言わせないでよ…」
沈黙が続いた。
不二周助、覚悟を決めるべきだろうか。
ここまで来て…
言わないわけにもいかない。
「わかった、僕から言う。英二、君のことが好きだ」
「不二…ほんと…?」
「あぁ…好きだ。気持ち悪いと思ったら思ったままでいいから…」
「そんなことない!俺も好き!!」
僕の耳が悪くなかったら…今の言葉は真実と捕えてもいいのかな。
英二が僕を好き?
まるで奇跡みたいだった。
「ずっと待ってたんだよ?不二から…言ってほしかったから」
英二は少し涙目だった。
まさか…告白が上手くいくなんて思いもしなかったから…。
手の震えが止まらない。
まだ信じられないみたいだった。
「た、玉子焼きちゃんと完食してよね!今度はもっといっぱい作ってくるから!
」
「ありがとう」
僕はまた一つ玉子焼きを口に入れた。
英二は僕にまた微笑みかけてくれた。
こんな関係になれたのは…勇気を出せた心理テストのおかげ…?
いや、テストなんて関係なかったかな。
