辛さなんて楽しいことを想像していればすぐ忘れられるはず。
だから今を辛抱していればいい。
帰った後の楽しみを考えればいい…。







「いや〜こんな若い男の子とカラオケなんて嬉しいね〜」

「…そうですか」









僕は見知らぬ中年…いやだいぶ年のいった男とカラオケルームに入った。
格好からして役職は部長か課長か…わからないけど今は二人きりだ。

今頃英二はバイトだろう。
僕も英二が帰ってくる頃には帰れる。







「…君いいカラダしてるよねぇ。スポーツとかしてたのかな?」

「…えぇ」

「何をしてるの?」







下品な目で僕を見るな。









なんて言っても…僕は承諾をしたのだから文句も言えない立場か。

でもこれも仕事の一貫だから、と割りきれば耐えられる。








“一緒にカラオケ”
“一時間、三万円”







「君はどんな歌を歌うのかね?」

「…いろいろです」

「さっきから暗い顔してるけど大丈夫?具合でも悪いんじゃないか?」









具合も悪くなるさ。
どうして英二と二人きりじゃないんだろうってばかり考えてる。
愛想笑いすら出来ない自分がここにいる。


商売なんだから笑えとでも言うのか。







「笑ってくんなきゃ困るんだけどね〜…。───じゃあ…おじさんが元気出るよ うにしてあげようか?」







元気が出るようにって一体何を…








こいつは僕に手錠をかけた。
こういうことがないように細心の注意を払っていたはずなのに…!
くっ…!







「怖がらなくていいんだよ?今から気持ちよくしてあげるから…おとなしくして るんだよ」







こいつは僕のズボンのチャックに触れようとした。
だけどまだ足が使える。

そいつを蹴って逃げ出そうとした。
だけど僕を掴む力は意外に強かった。








「離せ!!」

「追加で二万払うから!口だけでしかやらないから!」

「カラオケだけと言った!約束が違う!!」







必死に抵抗してやる。
僕がこんなやつに負けるものか!





服は破れてしまった。
それでも構わず脱出をする。

しかし今回はしつこかった。
普段は、約束が違う時点で話は終了していた。

こんなにも僕を追い回すことなどなかった。







その時、僕のケータイが鳴る。
この着信は…英二だ。
取れずにいるとポケットから男が無理矢理取り出す。
やつは勝手に電源を切った。





「客と接する時はケータイの電源くらい切らなきゃだよねぇ」

「返せ!」

「…じゃあ一回やらせて欲しいねぇ」







ケータイなんてどうでもよかった。
むしろ壊してしまって構わない。
だけどあの中には人の情報が沢山入っている。

下手に悪用されたら…







「わかったらそこに座って足を大きく開けばあとは私が」







一瞬の隙だって逃さない。
机に置かれたグラスを繋がれた両手で吹っ飛ばす。


グラスは額にめり込んだ。

相手が気絶している間にケータイを持ち、とっさに逃げた。


今回は収穫なし。

無駄な時間を過ごした。








タイム・リミットはもう近付いている。
僕と英二が付き合って十年目。

その日は特別な指輪を英二に送ると決めているんだ。
あと少しお金が足りないんだ。
あと少し───

































「不二のバカ!」







家に帰ると待っていた英二が怒って僕にビンタを喰らわせた。
英二は電話が繋がらないことが度々あったので何かがおかしい、と探偵を雇って 僕の行動を知ったらしい。
英二にひどく怒られた。







「なんで俺に無断でそんなことすんのさ!そりゃ俺…不二の気持ちは嬉しいけど …」

「うん…ごめん…心配かけて」

「もう…隠し事はなしだからね?」

「うん」







英二に心配かけたことは悪かった。
だから今度はちゃんと働かないとだよね。


































三か月後。

やっと仕事を見つけられ、就職した。
収入はまだ少ないけれど安定した生活が送れるはず。

残念ながら僕達が付き合った日は過ぎてしまったけれど、あと少しだから頑張れ る。