思い出は一生の宝物だ。
だから忘れないようずっと心にしまっておけるように、時々棚からアルバムを引き出しては思い出に浸っていた。
人生で一番楽しかった中学三年の頃。
俺達青学男子テニス部が全国制覇をした年。
これほどにないテンションで興奮した。
でも同じ体験をもう一度したいと思ってもそれが叶うことはない。
皆はその後それぞれの道を歩み始めたんだ。
そして今では皆社会人になっている。
夢を叶えた奴もいれば叶わなかった奴もいてあの頃の俺達ではなくなった。
当然といえば当然の話だけれど、だからといってすんなり受け入れるには時間がかかったように思う
海外に行った奴、都外に転勤になった奴。
結婚した奴もいれば、主夫になった奴、パパになった奴だって…。
分かりきってはいたけれど無性に悲しくなることがある。
もうあの頃に戻ることはないと思うと切ない。
だがいつまでも思い出にすがっているわけにもいかない。
人間の人生はそういう仕組みになっているんだと思う。
だけどあの頃の思い出に浸りたくて再びアルバムを開いたとき、不思議と体が軽く感じた。
気付けば俺は当時中学三年の体型になっていた。
気付けば場所も移動している。
ここは河村寿司の店の前。
何度もお世話になったタカさんの家───
どうして急に体が小さくなって、しかもタカさん家の前にいるのか…まるでタイムスリップでもしたような気分だった。
すると後ろから誰かに肩を叩かれる。
振り返るとそこにいたのは。
「やだなぁ英二…なんて顔してるの。こんなところで立ってないで早く中に入ろう?」
「…ふ…じ」
俺の視界に入った彼は紛れもなく…当時から想いを寄せていた不二だった。
不二も俺と同じように昔の姿のままだ。
また昔のときの気持ちに戻ってしまうじゃないか。
気持ちを切り替えようとこちらは必死でいるのにどうして。
お願いだから俺の側に寄らないで。
今こうしているだけでどれだけ辛いか。
お前にはきっとわからないだろう。
俺がどれだけ不二を好きだったか。
不二にはわからないだろう。
不二は俺より先に中へ入る。
戸が開くと中から賑やかな声がたくさん漏れてきた。
優勝祝い…
青学レギュラーおめでとう…
全国制覇…
まさかと思い、俺はカウンターにいたタカさんのお父さんに今日の日付を聞いた。
突然尋ねたから向こうも驚いていたけれど日付を聞いて確信した。
俺は本当にタイムスリップをしてしまったんだ。
今から大会優勝の打ち上げをするのだ。
皆ジュースを片手に乾杯をしている。
もし俺の記憶違いじゃなければ、乾杯した後に桃がよろけてジュースを海堂の頭にかけてしまうはずだ。
「おっとっと…おわっ!」
「…っ!!オイ…!てめぇ何しやがる!!」
「わりぃ、わりぃ…わざとじゃねぇんだからそんなにキレるなって」
「それが人に対する謝り方か!ふざけんなっ!!」
「なんだとマムシ…」
「「やんのか、コラァァ!!!!!」」
やっぱりだ。
記憶の通りそのまんまだった。
本当にタイムスリップをしてしまったんだ。
どうして突然こんなことになったのか全くわからない。
しかし俺は知っている。
皆がこれからどんな人生を歩むのかを。
手塚は外国へ行ってプロになっている。
大石は医者の卵として働いている。
乾は会社員で東北の方に転勤になる。
タカさんはこの寿司屋を受け継いでいる。
桃は可愛らしい奥さんをもらって結婚した。
海堂はトレーナーをしている。
おチビも手塚同様海外デビューした。
そして不二は…
「そんなところでボーっとしちゃって…英二どうしたの?」
「……」
「英二?…まさか本当に具合悪いんじゃ…。無理しないで…そうだ、あの奥の部屋で休もう?タカさん、ちょっと奥の部屋借りるね!」
「あぁ、いいよ」
不二は俺を連れて奥の部屋に入った。
俺は不二と二人きりになった。
神様も酷な事をする。
かえって辛いだけなのに。
そう。
不二と二人きりになりたくないのはどうせ結ばれる事がないと知っているからだ。
俺は不二が好きだけど、不二は俺が好きなわけじゃない。
だから社長令嬢だなんて綺麗な女性と結婚して、さらには子供まで設けたのだから。
それから俺も不二の後を追うように結婚してしまった。
気持ちは伝わらず仕舞いだったんだ。
気にしても仕方ない話だけれど、やはり不二が俺の手の届かない場所へ行ってしまったのが悲しかった。
子供ができたと聞いたときは一緒に喜んであげなくてはいけないと思いつつ、俺は複雑な表情をしていたに違いない。
「英二…落ち着いて聞いて欲しいんだ」
「なに…?」
「僕…言おうとしてて…でも勇気がなくて言えなかったことがあるんだ。そしたら、僕はずっと後悔し続ける人生を送ることになってね…」
「後…悔?」
「そう。時の流れに逆らわずにいたら…僕の思う人生にはならなかったんだ。後悔しか残らない、僕の認めたくない人生になってしまった。だから今日は僕、人生を…未来を変えるんだ」
「まさか…不二…」
「僕と…付き合って下さい」
今不二はなんと言ったのだろう。
とてつもなくそれは俺にとって都合のよい言葉に聞こえたように思う。
人生を、未来を変える?
ううん、それよりも不二は今俺に付き合って下さいって言った?
これは…一体…
「英二も…僕と同じなんじゃないかって思ったんだ。未来から来た…違う?」
「ふじ…!わかったの!?」
「わかるよ…なんとなくね。だったら証拠として君の未来を言い当てるよ。君はキャリアウーマンな妻を持つ専業主夫になるんだろ?」
「不二!…なんだ、知ってたの───で、でも!付き合って下さいって…!?」
「僕はね、ずっと英二が好きだったんだよ。でも同性なんて上手くいくはずないって勝手に決めつけて、結局君には想いを伝えなかった。だから後悔する人生を送ることになったんだ。だけどもう…これで未来は変わるよ。そうでしょ、英二?」
俺は返事の代わりに行為で示した。
不二を力一杯に抱き締めた。
未来が変わる…まさかと思ったけど本当に叶えることができるなんて夢のようだ。
記憶を辿り、強い思いで具現化したもう一つの世界…この世界で俺は不二と一緒になれる。
俺は不二と見つめあい、キスをした。
