2011年。
今年ももう少しで終わりを迎えるがその前には恋人達にとっておきのイベントがあるのを忘れてはならない。
いや、忘れるような奇特な恋人達などは滅多にいないだろう。
そう。一般的な恋人というならば。
だがここの恋人達は一般的ではなかったらしい。
というのも英二がただ夢を見すぎている、というのもあるのだが。

「えぇ〜?!俺達付き合ってるんだよね?!ねぇ!」
「うん、僕はそのつもりだけど」
「じゃあ、なんでクリスマスは何も予定してないなんて言うのさ?!」

英二は頬を膨らませながら怒っていた。
というのも不二がまったくクリスマスの予定を立てていなかったことに文句があるらしい。
不二はよくそんなにくるくると表情を変えられるねぇと人ごとのような目で英二を見つめていた。

「お前…マジで今年何もしないとか言わないよな?!な?!」
「…うーん、今年はゆったり家で過ごすとかじゃダメなの?」
「そりゃあダメってことはないけどさぁ…」

英二もわかってはいた。
所詮中学生にできることが限られていることに。
もしこれが大学生など二十歳を超えているのであれば、高級車を運転している不二の助手席に同乗して──

『英二…またせたね』
『やばっ!不二ってばカッコイイ!!』
『当たり前だろ…?車も運転できないようじゃ…まだまだだね』


などと人の決め台詞を堂々とパクリながら言うも、その後は夜景の見えるホテルに行き二人だけのランデブー…
そしてベッドで組み敷かれる英二に対し、不二は大人のような目つきで英二に囁く──

『僕達…聖なる夜に一緒になれるなんて嬉しいよ』
『俺も…嬉しいっ…幸せっ!!』
『そうだよ…僕達はもう子供じゃないからね…』

今夜は眠らせないよ、と不二に甘く囁かれ一晩を共にする。
なんと素敵なシナリオだろう。
英二がそのように話すとやたら冷たい視線が注ぎ込まれていることに英二は気付く。
その冷たい視線とは言うまでもなく不二の視線だった。

「ちょっと…英二、いつからそんな乙女チックになっちゃったの?」
「なんだとー!乙女なんかじゃないよ!恋人がいれば誰だって考えるよっ」
「僕がたとえ今大学生だとしても…その展開は絶対ないよ」

高級車なんて乗れるわけないじゃないだとか、そんなクサイ台詞は言いたくないだとか、夜景の見えるホテルなんて一般的すぎると酷く批評された。
不二にそこまでスパーンと言い切られると英二としても言い返しにくい。
そもそもこういうイベントがあるときは楽しみたい!と素直になるのが英二の性格であり、ましてや何もしないで終わるというのだけは避けたかった。
不二はもしや自分と一緒に過ごしたくないのでは?とも考えるようになってしまった。
シュンとすると不二はやっと諦めたかといわんばかりにため息をつく。
なんだかとても寂しい。
つい不二に甘えたくなってしまったが、ここで甘えてさらにうんざりされたらなおさら悲しくなってしまう。
だから英二はここでぐっと我慢した。
不二の考えではクリスマスは普通に過ごすとのことで決まっているようで、異論は認めないと言うとあっという間に時間になってしまった。

「ほら、明日も学校なんだしそろそろ帰らないとでしょ?英二。またね、バイバイ」

あっけなく不二に帰るよう促されてしまったのだった。





「大石も酷いって思うでしょ?!」

英二の愚痴の捌け口は大石へと向けられていた。
以前は桃城に言っていたのだが今は副部長として部活も忙しいらしく、最近はまったく顔を合わせていなかった。
そこで大石のところへ相談しに来たのだが、本音を言うと大石も少々困っていた。
外部受験を控えているので貴重な数十分も勉強に明け暮れる日々であったのだ。
大石の性格からして断るなんてことはしないものの、表情は困り気味のようだった。
現に今も教科書やら参考書やらを机に広げて勉強していたところだったようだ。
しかし英二は構わずに不二に言われたことをそのまま大石に話していた。

「付き合ってるんだからちょっとくらいどこかに出かけたりとかしてもいいと思わない?もち、俺達は中学生だってこともわかってるし、お金かけられないことはわかるけど…一緒に何かしようって予定すら立てないなんてさぁ〜…もう俺達別れることになるかもー…」
「不二もきっといろいろ考えてるんだよ。だからだいじょう…」
「大石なんて全然わかってくれてないじゃん!何が大丈夫だよ!ばか!」
「…そんな言い方はないんじゃないか」

スッと現れたのは乾だった。
どうやら大石に辞書を貸すために来ていたらしい。
話を途中から聞いていたようで乾は大石に助け舟を出してあげたのだった。
だが英二としては気に食わなかった。
誰も自分のことを理解してくれない。
まるで自分一人だけが悩んでいるみたいで空回りしているみたいだった。
そんな状態に耐えきれなくなったのか、英二はガタッと立ちあがるともういい!!と言いながら教室を出て行ってしまった。

「これは荒れるな…しかし大石、お前もパートナーとはいえ大変だな」
「そういう乾こそ大変じゃないのか。とばっちりまで受けて」
「そんなことはないさ。これも不二のためだ。いや、正式には汁の実験体になってくれると言ったからこそ協力しているだけだ」
「ちゃっかりしてるな、乾は」
「まぁね。たとえ不二が実験体にならなくても俺は計画を聞いた以上は協力せざるをえないと思っただけだがな」

そうだな、と大石は言った。





英二が苛立ちを抑えることはなく、12月24日になってしまった。
この日は越前の誕生日であり、青学テニス部員全員で誕生日パーティーをすることになっていた。
また今年もクリスマスと合わせてのお祝いなんすね、と言う越前だったがそれも仕方のないことだと手塚が言う。

「越前。この日に誕生日ケーキを予約することも可能だが入手しにくいのが現状だ」
「別にメリークリスマスって書いてあるチョコレートでも…いいっすけどね」
「なーに生意気なこと言ってんだよ、越前!」

ポカッと頭を桃城に叩かれている。
ケーキはクリスマス仕様のホールケーキとなっている。
この日は皆予定は入れずに越前家に集まっていた。
楽しそうにしているものの、唯一一人だけ楽しくなさそうにしている者がいた。
それは英二だった。
もちろん後輩を祝うことは楽しいし、自分も場を盛り上げていこうとも思ったりはした。
しかしあれから不二とは口をきかないくらいケンカをしていたし、明日の予定だって何もないのだから気分が落ち込んでしまうのも無理はなかった。
英二が気落ちしていることでさえ、周囲の皆は気付かぬふりをしているようだった。
だからこそそれが英二には気に食わなかったのである。

「ではプレゼント交換を始める」

手塚の掛け声により部員が自分のカバンから綺麗な包みを2種類出し始めた。
一つは越前の誕生日プレゼント、そしてもう一つはクリスマスプレゼントだ。
越前の誕生日プレゼントを渡し終えると、次にクリスマスプレゼントを交換することになった。
こちらのプレゼントは手塚が一度全て回収し、誰のものかわからないように混ぜてから配るのだ。
だいたい包みを見てしまえば誰が用意したプレゼントかはわかってしまうのだが、
英二に回ってきたのは赤いリボンのついた可愛らしいBOXだった。

「(これ…誰が用意したやつだろ?)」

とりあえず開けるとそこにはなんとたった一枚の紙切れしか入っていなかった。
新手のイタズラにしては酷すぎる。
さらに気持ちを落ち込ませようという魂胆なのだろうかとも悩んだが、その紙切れには何か書いてあるようだった。

“今日、ストリートテニスコートに夜7時”

たったその一文しか書いていなかった。
誰かに聞いてみるべきなのだろうかとふと皆の方を見た。
しかし英二とは目を合わせないようにさっと部員らは視線を背けたのだった。





越前の誕生日パーティーは夕方の4時でお開きになった。
この後はどうする〜?といった会話がなされている中で英二はやや部員らに違和感を感じた。
何か自分の方を意識しているような、そんな素振りだったのだ。
そしていつもなら自分のところに来てくれるはずの桃城達はまったくもって英二を相手にしようなど微塵にも感じさせない動きに、何か妙に感じた。
だがいざ話しかけてみようとすると相手にしてくれない。
ついに自分はイジメの対象にでもなったのかと思い口をきくことを諦めて帰ることにした。

「桃先輩、さすがに無視はまずかったんじゃないっすか」
「だー!お前、絶対手紙のこと聞かれるに決まってんじゃんかよー!ねぇ、不二先輩」
「…桃達には本当に申し訳ないことをしたよ。悪いね」

これも全ては英二のためなんだけどね、と言いながら不二は一つの包みを持って出かけた。




午後7時になりストリートテニスコートへと訪れた英二。
言われるがままに来てみたが誰もいない。
やはり新手のイタズラだったのかと思うとだんだん涙が目元にたまり始めてきた。
自分が何をしたというのだろう。
ただ不二とどこかに遊びに行ったりしたいということがそんなに悪いことだったのだろうか?
だから不二は部員の皆に声をかけて英二一人だけをハブるようにしたのだろうか。
そんな陰湿なことしないで別れたいなら別れたいと言えばいいではないか。
英二は立ち尽くし、やはり来るんじゃなかったと後悔した。
もう身体は冷えすぎている。
帰ろうとした、そのとき。
突如大きな爆音とともに漆黒な夜空に花火が打ち上がった。
何事かと思い英二は怯えて空を見上げた。
すると再び何発も花火が打ち上げられ、そして木々にイルミネーションがつく。
こんな場所にはイルミネーションなどなかったはずだ。
なんだろうと不思議に思い、今度は暴走族か何かに巻き込まれてしまったのかと考えた。
目をつけられてしまっては困る。
さっさと逃げなくてはと思ったとき、ボスッと誰かにぶつかってしまった。
もしかしたらリーダーとかお頭とか呼ばれる人に出会ってしまったのではないか。
こんなときに肩がぶつかりましたなんて展開は冗談ではない。
ボコられてカツアゲでもされるか。
もう頭の中はパニックになって冷静な判断ができない。
英二は泣き声でごめんにゃさいと言いながら走りだそうとしていた。
ガシッと無言で腕を捕まえられてしまった。
これはもう逃げられない!
こんな最悪なクリスマスになろうとは考えてもいなかった。
英二はきゅうっと目をつぶり、何度も謝りながら逃げようとした。
しかしその身体がやけに華奢で、なおかつどこかで嗅いだことのある香りであったので一瞬思考が停止した。

ふと見上げるとそれは暴走族のリーダーでもお頭でもなく、不二だったのだ。

「英二…どうしてそんなに怯えてるの?脅かしすぎちゃったかな?」
「ふ…ふじ…?」
「まさか…泣き出すと思わなかった…。ごめん!花火係!一回止めて!!」

今も鳴り響く花火の打ち上げる音。
しかし不二の掛け声により、それは終息した。
わさわさと奥から誰かが出てきた。
もちろん暴走族なんかではなく、見慣れた青学の部員達だった。

「にゃに…どうなってるの…?」
「ごめん英二。実はクリスマス・イヴとしてサプライズをするつもりだったんだけど…泣かれたらさすがにやめなきゃって思ってね」
「不二先輩は英二先輩を驚かそうと思ったドッキリだったんですよ」

桃城が困ったような顔でこちらを見ながら英二に説明をした。
先ほどの花火もイルミネーションの点灯も皆不二が企画をしたものであり、英二を喜ばせようと思ってしたことだったという。
だが英二は何かに巻き込まれたのだと勘違いしてしまった。
ドッキリは失敗っすね、と越前が呆れたように言った。
そこで手塚が間髪を入れずに話に加わった。

「だから言っただろう。こんなことはご近所にも迷惑であるし、やめた方がいいだろうと。俺の忠告を無視するからだ」
「そりゃあ確かに僕の計画通りにはならなかったかもしれないけど…なんだかんだ言って君も参加してるじゃない」

不二は手塚に言われたことを特に気にしている様子はなかった。
英二の目元からこぼれる涙を指で掬い取ると、それを口に含んでみた。

「しょっぱい…気持ちが高ぶった証拠だね。でもどうやらいい意味で高ぶらせることはできなかったみたい」

不二は寂しそうに言った。
話を聞けばこれはあらかじめ何週間も前から計画されていたらしい。
英二に説明したとおり、クリスマスに予定はないがイヴにはやるという意味だったらしく嘘をついたわけじゃないんだよと不二は説明した。
だが突然のことに気を落ちつけることができずに英二はしばらく涙をこぼしていた。
他の部員達はそっとしておこうと二人きりにしてあげた。

「…英二。ごめんね…僕は君に喜んでもらおうとしたのに結局できなかった。こんな僕は…やっぱり嫌かな」
「そんなことない…不二が俺のことを思ってしてくれたんだし…ただ、びっくりしすぎちゃっただけ…」

不二は英二にそっと髪を撫でた。
どうやら落ち着いてきたようだ。
英二も涙を止めるとありがとうと感謝した。

「後で皆にお礼言わなきゃな。大変だったんじゃねぇの、これ用意するの」
「大したことないよ。でも皆の協力がなければできないことだった。もう僕達は来年で進学してしまうし、バラバラになるだろう?…こうして一緒に何かするのも今のうちと思ってね。でも失敗しちゃったしな」
「まだ続き…あったの?」

英二の問いに頷く不二。
可愛らしい包みを英二に渡し、開けてごらんと促す。
包みを開けるとそこには──

「か、かわいい…」
「手先器用じゃないからところどころ色が飛んでるかもしれないけど…よかったら左手の薬指にしてほしいな」

不二がくれたのはビーズで作られた指輪だった。
スワロフスキービーズを使用してあり、輝きはとても綺麗だった。

「なっ…すごい…不二ってば…すっごい不器用なのによく作れたね!!」
「それ…誉めてるのか、けなしてるのかよくわかんないんだけど…」
「わぁ…ありがと。早速してみるね」

実は僕もしてるんだ、とお揃いの指輪を不二は見せた。
英二は主にピンク色でできているが、不二のは水色でできている。
色違いなのだ。
するとババーンと最後に大きな花火が打ち上がった。
どうやら最後に予定していたらしい花火のようだ。
点火したのは桃城だったらしい。
これは俺の役目じゃねぇかと海堂が文句を言っていたのが遠くで聞こえた。

「ありがと…不二。それと…一人で怒っててごめん。不二が企画してくれてたなんて知らなかったから…」
「いいよ、そんなこと。英二が喜んでくれれば…僕は幸せだし」
「あ、あとさ…俺クリスマス何もないと思ってたから…その…何にも用意してなくて…」
「あぁ、プレゼントのこと?気にすることないよ。だって──」

ここに最高のプレゼントがあるじゃないと英二を抱き締めながら言った。