真夏の暑い日差しを浴びながら今日もあいつの家へ行く。
勉強という二文字がよくお似合いだと言えば、本来は手塚か乾のところへ行くのが妥当なのかもしれない。
だが手塚は堅苦しい上に他の余計なことまで説教をくらいそうだし、乾は勉強を教える代わりに汁の実験台になれなどと言ってきそうなのでパスしたい。
となると他に頼れるのはあいつなのだ。
同じクラスで、席も隣の、終始笑顔なあいつ。

毎日部活三昧であるのが楽しい英二にとって、夏休みの宿題は単なる障害にしかならない。
毎年最後の方になってから慌ててやるのがオチだ。
今年は中学最終学年ということもあり、また全国大会という正念場を迎えねばならない。
いい加減な気持ちで参加したくなかったため、英二はさっさと宿題を終わらせようと必死だった。

「いらっしゃい」
「やっほー!あっちぃ〜!早く中に入れてくんろー!」

訪れた家から出てきた彼ははいはいと苦笑いをしながら中へと案内した。
彼とは説明するまでもなく、不二周助である。
不二の部屋がどこなのかは目隠ししても歩いて行けるほど慣れているため、特に不二が指示をしなくとも英二は一人で先に進んでいった。
不二はいつものことのようにキッチンで簡単に準備をしてから英二の後を追う。

「あ〜もう限界!外あっつい!」
「今年はかなり暑いみたいだね。僕が英二の家に行ってもよかったんだけど」
「そうしてくれたら暑い思いしなくて済むんだけどなー。でも俺の家じゃ落ち着かないし。それに不二ん家だとお姉さんの手作りお菓子食べられるから嬉しい!」
「そんなこと言うと調子乗ってまた姉さんが張り切るからなぁ…作りすぎで冷蔵庫の中がいっぱいになるんだよ。英二みたいな子だったらいくらでも作ってあげたいなんて言うんだから」
「へへ〜ん、俺不二のお姉さんに気に入られてるもんね!」
「いっそうちの養子にでもなっちゃえば?」
「いいねーそれ」
「僕より可愛がってもらえるよ」
「なに、不二ってばヤキモチ?」
「そんなんじゃないよ」

冷房がやや効いた不二の部屋で冗談を交えながらおしゃべりをする。
外の暑い気候から逃れられたため会話も弾み饒舌になるが、一通り落ち着くと今度はなんとなくこの部屋も暑い気がしてきた。
それもそのはず、今年は節電を心掛けるようにと全国的に言われているからだ。
不二の家でも取り組んでいるのだろう。
英二は額にうっすら汗をかくのを感じた。

「ちょっと空調の設定がよくないかも。もう少し冷やそうか?」
「いや、これでいいよ。ガンガン冷やしても体に悪いし」
「わかった。あぁそうだ、これ英二用にって姉さんから」

差し出されたゼリーは手作りとは思えないほどの出来栄えで英二は目を輝かせた。
可愛らしいゼリーは甘く冷たくて、暑さによって疲労した体を癒してくれた。
おいしいと言うと不二はよかった、と笑顔で言った。

「さぁ、おしゃべりはこのくらいにして…取りかかろうか」
「不二はあとどんくらいー?」
「もうだいたい終わってるよ」
「マジかよ!俺やっと半分くらいまで終わったってのにー。そうだ!不二って英語得意でしょ?英文で書く絵日記の宿題手伝ってー」
「僕が得意なのは古典だけどね。でも英語も好きだよ。じゃあさ、まず日本語で書いて、それから英訳すればいい」

蝉が耳障りなほど鳴き散らす中、二人は一生懸命に英文字とにらめっこをする。
珍しく英二は根を上げずに集中した。
不二はその様子をぼうっと見ている。

「ん?なに?」
「いや、珍しくやる気だなって」
「あったりまえだろ!やらなきゃ大会にだって落ち着いて出られないっつーの!なかなかこうして不二に教えてもらえるチャンスだってそうそうないし」
「英二が困ったらいつでも僕を呼べばいいじゃない」
「そういうわけにもいかないっしょ?昼間なんて部活あるし、今日みたいに早く終わればできるけど」
「僕は夜でも教えるけど」
「えーっ、それってお泊りってこと?うーん…でもお泊りもいいよね」
「あんまり勧めないけどね」
「なんで?」
「…体によくないから」

ふむそうか、と英二は納得した。
確かに夜中まで勉強していたら翌日の練習にも支障をきたすかもしれない。
それに毎回泊っていったら不二の家にだって迷惑もかかるだろう。
そう考えると不二の意見はもっともな気がする。
英二はじゃあ今のうちにさっさと終わらせないとねとだけ言って無言で宿題に取りかかった。

「(きっと僕の言葉に他意はないと思ってるんだろうな…英二って鈍感だ)」

不二は心の中で独り言を呟いた。