写真はそのときの時空を閉じ込めて綺麗に保存することができる。
不二は部屋の整理をしていて出てきた写真を眺めていた。
大して山の知識も自然の知識もないので彼に言われるがままついて行った、先日の山登りの思い出である。
忘れてしまわないようにその一部始終を写真に収めようと無我夢中でカメラを構えていた。
隣にいた彼は少し引いていたかもしれない。
写真のこととなると人が変わってしまう、そんな自分を見て知って欲しかったのだと不二は思う。





今日はお盆であったため不二ら家族は揃って墓参りをしてきたところだ。
バケツやブラシ、雑巾などの片付けがひと段落したあと、不二は家に帰ってきている裕太と自分の部屋で話をしていた。

「兄貴、その写真は?」
「山登りに行ったときの写真だよ」
「兄貴が山登りぃ?誰からそんな趣味受け継いだんだ?越前か?」
「あの子は山に興味ないんじゃない?」
「うーんじゃあ手塚さんだ」
「正解」

ふーんと言いながら裕太は次々と写真を見た。
撮影の仕方が本気であることが見ているだけでわかる。
テニス部に入っているのが不思議とさえ思ってしまう。
兄貴はなんでも器用で羨ましいと裕太は嫌そうに言った。

「こんな写真誰でも撮れるよ。適当なカメラ見つけて連写すれば奇跡の一枚もあるさ」
「一枚どころか何枚もあるじゃねぇか、俺なんかが撮ってもボケたりしててダメだ」
「ふふ、ありがとう。でもお世辞を言っても何も出ないよ」
「んなことわかってるよ」

写真の整理を終えたのか、分けられた写真を束にして纏めていく。
その束からぱさりと一枚だけ写真が落ちたので裕太は拾って不二に渡した。
あまりよく見ずに渡してしまったので確信はないけれど、今の写真だけは風景の写真ではなく人が写っていたように思う。
気のせいかと思ったがそうでもなかったらしい。
手塚の気の抜けた顔だよ、と馬鹿にしたような言い方で不二は言った。
もう一度その写真を見てみようと裕太は思ったが、不二はそそくさと片付けてしまったので声をかけられなかった。
あまり見られたくなかったのかもしれない。

薄々ではあるが兄貴には自分にはない何か秘めたものがあると裕太は感じている。
それを口に出して聞いてみる勇気はなかった。
自分の思い違いであるかもしれないし、たとえ本当だとしても不二が自ら話すとは思えなかったからだ。

「さぁ、このくらいにして姉さん達のところに行こうか。顔を出さずにいると絶対後で何か言われるからね」
「兄貴はずるいよな。要領がいいっていうか…いや、やっぱりずるい」
「そう?」
「なんでも不可能を可能にするし失敗もしないしさ。生き方が上手いよな」
「…生き方に上手いも下手もないんじゃない?」

裕太がふと不二の方を見るとそれは酷く悲しそうな表情をしていた。
褒めたつもりだったのに何か気に障るようなことでも言ってしまったかと思ったがよくわからない。
裕太に寂しげな表情を見せた不二は加えて一言、買い被りすぎだよと言った。





テニス部の練習はすぐに始まった。
お盆の間に休んでいた分を取り戻すかのように練習はハードであった。
そして真夏のコートは非常に暑い。
水分補給をしに一度コートから上がった不二は部室へと戻る。
そこに部長・手塚の姿があった。

「なんだ、こんなとこにいたの?避暑地としてはいいけど他の部員に示しがつかないんじゃない?」
「終わったらすぐに行く。今は竜崎先生を待っているだけだ」

なるほど、と不二は流すように返事をして自分のバックから飲み物と…写真を取りだした。
特に手塚には写真が欲しいと乞われていたわけではない。
ただ自分が渡したいと思っただけだ。
差し出された写真を見て、手塚は感謝するとだけ言った。

「データの方がよかったかもしれないけど…僕は写真で渡した方がいいかなって思ったんだ」
「そうだな。データだと味気ないし見るのも忘れてしまうかもしれない」
「…手塚は忙しいもんね」
「お前だって暇はないだろう。今は全国大会に向けて準備を整えなくてはならない」
「わかってるよ…でも」
「なんだ」
「なんでもない」

どうしても視野に入れて貰いたかったなんて言えない。
差し出がましい。
自分のしていることは愚かであるように思う。
向こうにとってはただの写真でしかない。
自分がどれほど大事であると主張しても相手には迷惑をかけるだけなのだ。
不二は立場をよくわかっていた。
だからこれ以上追求もしないし声もかけなかった。
全ては無駄なことなんだと思う。
それでも行動せずにいられない自分の落ち着きのなさに辟易する。
しばらくして竜崎が部室に来たので不二は会釈だけして部屋を出た。

部活を終えると恒例の寄り道タイムが始まろうとしている。
学校のある日とは違い、夏休み中であるから英二も桃城もやたらテンションが高い。
越前を掻っ攫って三人は帰っていく。
今日はどこにするかと声の大きい桃城が話していた。
お前ら高い店はなしだかんなーと英二が言う。
また奢ってくれるんすねと越前の声が聞こえた。
その後は何を話しているか聞こえなくなっていた。
羨ましかった。
彼らは当たり前に部活仲間・友人としての付き合いを成り立たせている。
しかし不二にはこうした術がない。
否、術がないというより意味がない。
声をかけることは可能でも成り立たせることができない。
自分が無力だと心の底から思う。
不二は帰ろうとしている手塚を見ていたとき、先日裕太と話していたときの言葉を思いだした。

「ねぇ手塚」
「なんだ」
「…試合頑張ろうね」

言えなかった。
なんでも不可能を可能にするし失敗もしない?
見事に失敗している。
生き方に上手いとか下手とかあるのなら自分は明らかに下手の部類に入るのだ。
せっかく声をかけたのにチャンスを無駄にしてしまった。
何が試合頑張ろうだ。
そんなことわざわざ言葉にしなくても皆わかりきっていることじゃないか。
やはり自分にはできない。
たった一言、家に寄って行かないかと誘うこともできない。
臆病者。

「そうだな。ところで不二、ちょっといいか」

これで会話は終わると思っていたが手塚が続けて話しかけてきたことに不二は驚いた。
何を言われるのかわからない。
自分の言動に違和感を感じ始めたのかもしれない。
追求されたら上手く誤魔化すしかなかった。
掌は勝手に汗をかき始めている。

「不二、もしよかったら夏休みの課題の…答え合わせでもしないか」
「え?」
「お前ならもう課題を終えているだろう」
「うん…終わってるよ」
「場所はどこがいい」
「え…えっと…」

突然の誘いに不二の頭は真っ白になっていた。
とりあえず図書館などの公共の場は好ましくない。
まともに喋ることすらできない静かな空間には今行きたくない。
二人きりになれる場所──
考える前に思ったことを咄嗟に呟いた。

「あ、あのさ…僕の家はどうかな。涼しいし…それに」

山登りの渡してない写真がまだ残ってるから一緒に見ない?と不二は誘った。
手塚はゆっくり頷いた。
二人が共に同じ気持ちだとお互いが気付くのはまだ先の話である。