※2011年10〜11月拍手小説
文化祭と共に行われるのは音楽祭だ。
といっても演奏ではなく合唱の方だけど。
僕は声が同級生達と比べるとどうやらやや高音らしい。
稀に声変わりしていないのでは囁かれることもある。
一応声変わりはしているのだが、確かに周囲との声を聞き比べると音程の差はかなりあるみたいだ。
「不二の声は珍しいのだろう」
そう語るのは手塚国光だった。
僕らは静まり返った体育館を占領していた。
もうじき用務員やら警備員やらの見回りが来るだろう。
その時まで雑談でもしようと言ったのは僕。
反対するであろう手塚は意外にも僕の案に乗ってきた。
「そうかな?まぁ高音の箇所も出るからね」
「俺には到底できないことだ」
「うーん…そんなこともないと思うけど」
「そうか?」
「だって夜の」
「まだ残っていたのか?今すぐ帰りなさい」
僕の言いかけた言葉は警備員によって遮られた。
少し歌の練習もしていたので時期に見回りは来ると予感はしていたけれど、タイミングがいまいちよくなかったことに僕は不満を持った。
しかし僕が何を言おうとしていたのか悟っていたらしい手塚は顔を赤く染めていた。
暗がりでもわかるくらいだから相当恥ずかしがっているに違いない。
こうして僕は手塚を弄って遊んだりする。
僕と手塚は既に帰り支度を済ませてあったので、鞄を持って外へと出た。
夜の帰り道は何故か普段通う下校の道とは異なっているように思う。
不安もあれば冒険的な気持ちにもなれるから不思議だ。
「ねぇ手塚。この歌知ってる?」
僕が歌えばあぁ、あの歌かと思い出した素振りを手塚は見せた。
昨年の僕のクラスが歌っていた曲である。
「心の瞳でー…君を見つめればー…愛することーそれがーどんなことだかー…」
「やめろ、ご近所迷惑だ」
「つれないね」
それでも静かな音色で歌ったつもりだったが。
手塚に顔をしかめられたならばやめるしかない。
確かに時に歌は耳障りになることもある。
今年の歌は全クラス合唱がハレルヤになった。
全部ドイツ語で歌うので慣れない発音に苦戦する生徒もいたが、練習の成果は出ており、気付けばふと歌い出す生徒も少なくない。
「君はドイツ語なら楽勝だよね」
「そういうわけではないが」
「うん…でも手塚の歌声聞きたいな」
「さっき練習しただろう」
「はいはい…わかったよ」
練習と誘っておいて僕は彼の歌声を独占したかった。
それは向こうもわかっていたらしい。
お返しに僕にも歌えと言ってきた手塚はどうも普段の手塚らしくなくて笑える。
などと言ったら怒られそうだけれど。
「歌はいいな」
「うん。僕、カラオケとかもいいけど合唱も好きだな」
「俺は合唱の方が好きだ」
「手塚ってば前に部活の打ち上げのとき、カラオケで困ってたもんね」
「苦手なんだ…あぁいうのは」
さりげなく眼鏡の位置を直している手塚。
彼の心情を落ち着かせるための行為ともいえる。
「また歌いに行きたいね」
「いや…カラオケはもう…」
「違うよ手塚。また今日みたいに放課後残って…誰もいない空間で合唱練習したいねってこと」
「あぁ…そうだな」
今度は警備員に注意されない程度の時間までな、と手塚は付け加えて言った。
