今年のクリスマスは予定がない。
いや、今年もだ。
不二はハァと溜め息を深くついた。
世間はLEDライトで節電しながらもイルミネーションを楽しむだのなんだの言っているが、独り身ではそんなもの知ったところで意味はない。

「ちっ。爆発しちゃえ」

イライラしているときに限って、カップルで出かけるのにふさわしいデートスポットなんて紹介を見るとなおさら腹立たしい気持ちになる。
一緒に過ごしたいと思う人がいないなら、ここまでイライラはしなかっただろう。
しかし不二の場合は一緒に過ごしたいと思う相手がいるのだ。
その相手とは世間でも有名になりつつあり、プロテニスプレイヤー入りに期待されている注目の的、手塚国光である。
普通に考えれば高嶺の花とはいえど、不二ならば友達のふりをして一緒に過ごすこともできる相手だというのに。
だがその良案でさえ一蹴りにされたものだから、不二の怒りはなおさら収まらなかったのだった。

「なんで僕と遊ぶってことまで拒否されなきゃならないわけ!?クリスマスまで勉強しなくたっていいじゃない!!」

不二は手塚にクリスマスの日に遊ばないかと誘ったのだが断られてしまったのだ。
初めは断られた理由に恋人がいるからではないかと不二は疑った。
しかし話を聞くと本当に勉強がしたいとのことらしい。
語学を勉強するのに忙しいらしく、不二はこのとき頭を酷く掻きむしった。

「なんで…九州にドイツに…いなくなってばかりだったから今度こそはって思ってたのに…!僕はどうしたらいいの…!」

涙で顔を汚し不二は夜も眠れなかった。
そして翌朝。
教室に行こうとすると早速誰かに声をかけられた。
乾だった。

「なんだ、乾か…おはよう」
「俺で悪かったな、不二。ところで…大丈夫か?随分酷い顔をしているぞ」

乾の言うとおりだった。
昨夜は泣きじゃくったせいで目は腫れぼったくなっている。
とても不二周助の顔とは思えなかった。
乾は何かあったのだろうと察するも、そのことについて深く尋ねてはいけないように思えた。
不二は乾に構うことなくふらふらしながら教室に向かっていった。

同じクラスの菊丸にも散々顔が酷いと言われ、授業を受けるのさえ嫌になってきた。
このイライラはどこにぶつければいいのだろうか。
気持ちが宙に浮いたような一日を過ごすと、帰りに今一番会いたくない相手に会ってしまった。
手塚だった。

「…どうしたんだ、その顔は」
「ふん。知らない」

拗ねるなんて幼稚なことだと思う。
だが不二は気が収まらず手塚を相手にすることなく、出ていってしまった。
そんな不二に手塚は何か声をかけたかったが、あっという間に行ってしまったので声もかけられない。

「不二…」






クリスマス当日。
一人寂しくこんな日に出かける必要もないのに不二は出かけていた。
特に何かしようと思っていたわけではない。
目の前を横切っていくカップルをつまんなそうに見ているだけだ。
特別なことなんていらない。
ただ側に手塚がいてくれるだけで良かった。
勉強をしたいなら勉強でもいい。
だが勉強でさえ一緒にやろうと言ってはくれなかった。
いや、正式には手塚がそう言い出すかもしれないと思い、相手が口を開く前に全力で拒否したのは不二だったのだが。

「(あのとき手塚を泳がせてみたら誘ってくれただろうか…なんてね)」

タラレバなど考えるだけ無駄だ。
不二はフッと自嘲した。
視線をふいと横にやるとなんだか人だかりができている。
何かあったのかと見ると、なんとそこには手塚の姿が。
慌てて立ち上がると若い女性に話しかけられている。
まさか彼女か?と思ったが女性の数が多いので、どうやら取り囲まれていわゆる“逆ナン”をされているようだった。
困っている手塚を見て一度は助けに行こうとした。
しかし一緒に遊んではくれなかったんだからと、腹いせに不二はわざと助けないことにした。
遠巻きに見ていると女性達に腕を引っ張られている。
相手が女だから力任せに振り切ることはできないと思ったのだろうか。

「(まったく…世話がやける!)」

最初は黙って見ているだけにしようと思ったが、見るに堪えないほど手塚に接触していた女性達。
不二は手塚の方にずんずんと歩いていくと女性達がギョッとした形相でこちらを見つめていた。
手塚も何事かと思い視線を向ければ鬼の形相の不二がいる。
もしいつものスマイル顔で『やぁ、手塚。どうしたんだい?』などと話していれば女性達は手塚だけでなく不二にも声をかけていたかもしれない。
しかし今の不二は般若のようになっていて、怒りのレーダーが頭のてっぺんから出ているような雰囲気だった。
もちろん女性達はかかわると危険とすぐに察知したのか慌てて手塚から離れていった。

「…不二」
「なに」
「いや…その…追い払うことができないところをよく助けてくれた。感謝する」
「君さ…相変わらず硬い言い方しかできないみたいだね。あーあ…」

こんなことをしても手塚が自分とこれから一緒に過ごしてくれるわけでもない。
きっと勉強だなんだと言って目の前からいなくなってしまうのだろう。
考えただけでだんだん気分が憂鬱になってくる。
しかしそもそも何故こんな街中に手塚はいたのだろう。
すこし疑問に思うも不二は直接手塚には聞かなかった。
聞いたところで無駄な話だ。

「お前が…ここで時間を潰していると書いていたから来てみた」
「え?」

手塚の突然の言葉に不二は驚き視線を手塚に向ける。
確かに不二は呟き機能のあるサイトで自分の居場所を書いた。
フォロワーには自分の友人や部活の仲間達が見ているはずだ。
もしかしたら男同士でどこか食事にでも誘われないかと考え発信してみたのだ。
だが今日は皆予定が入っているらしく、その発信したメッセージは軽くスルーされていた。
それだというのに…しかも手塚がそのメッセージを見ていてなおかつこの場所まで来てくれたということに不二は驚きを隠せなかった。

「でも…君、勉強で忙しいって言ってたじゃない」
「確かに忙しいことは忙しい。今後はドイツ語も学ばねばならなくなったからな…時間は空いていない」
「じゃあ早くおうちに帰らなきゃ。こんなところで油売ってる場合じゃないでしょ。僕なんかとお喋りしてる暇ないんじゃ──」
「俺と…一緒に過ごさないか」

不二は我が耳を疑う。
何か間違った会話が聞こえたのではないかとも思った。
しかし今の言葉は紛れもなく手塚のものであり、嘘でも夢でもなかった。

「…本気で言ってるの?」
「本気もなにも…こんなところに一人で過ごさせたくない。第一、ここにずっといたら風邪をひくだろう」
「なっ…それってどういう意味?!ねぇ!ねぇってば!!」

一人で過ごさせたくない。
この言葉が今もなお頭から離れない。
だが手塚はその言葉については説明してくれなかった。
風邪をひくから、とも言っていたが誘ってくれた理由はそれだけではないはずだ。
手塚の言葉を気にしつつも不二は手塚の家にお邪魔することになった。
どうやら手塚家では特別クリスマスらしい行事も食事もすることはないようだ。
今は温かいお茶を出してもらい、ストーブで暖められた部屋でまったりと過ごしている。
一生懸命勉強をしている手塚の背中を見て不二はにっこり微笑んだ。

「…これが僕の望んでいたことだ」
「何か言ったか…不二?」
「ううん、なんでもない」

忙しそうにしている彼の邪魔をしたくはなかったので、再び暖かい湯呑みに口をつけながら手塚の背中をじっと見ていた。
お爺様は早く就寝なさったようで、お父様やお母様は仕事の都合で席を外している。
ちょっとくらい羽目をはずしてもいいよね、と不二は心の中でニヤリと笑うとゆっくりと手塚の側に寄り後ろからぎゅっと抱き締めた。