※2011年10〜11月拍手小説
手塚が好きなものだから僕も好きになりたいんだ、と訳のわからないことを言われ俺についてきたのは不二だった。
俺の趣味は現役中学生としては少々渋いらしい。
山登りは身体的にも精神的にも鍛えられて俺は時間が許す限り、できるだけ多く経験したいと思っている。
もちろん誰かを誘う気もなかったし、一人で行くつもりだったのだが。
この男によってその計画は見事潰された。
「感謝してるんじゃない?実は」
余裕の笑みで俺の隣を歩く不二。
俺から見ても奴は華奢だし、いくらテニス部に所属していたからとはいえそろそろ疲労が溜まってもおかしくないと思っていた。
だが俺の心配は無用だったらしく、息を切らすことなく不二はちゃんと付いてきた。
大体このあたりで初心者は根を上げるというのに。
「感心する──とでも言いたそうだね?」
「つらくないのか」
「僕は手塚と一緒ならどこでもつらくないよ。たとえ火の中水の中でもね」
この男はすぐこういうことを言う。
冗談にしろ軽口を言うべきではない。
「ならば俺がここから飛び降りると言ったらお前は飛び降りるのか。そんなくだらない発言はするもんじゃない」
「くだらなくなんかないよ。もちろん手塚が飛び降りるなら僕だって飛び降りるよ」
「バカを言うな」
「バカなことなんて言ってないよ。事実を話しただけじゃない」
不二は額の汗を手の甲で拭い、ふぅと溜息をついた。
しかし疲れた様子は見せずにちゃんと付いてきているところを見るとやはりこいつは侮れないと思ってしまう。
「僕は手塚の行くところ、どこまでも付いていくよ」
「やめておけ」
「どうして?」
「俺は…お前にそこまで思ってもらうほどの人間じゃない」
「謙虚だね。手塚のそういうところが僕は好きなんだよ」
「そういう言葉は異性に対して言うべきだ」
「また始まった。手塚の一般論」
俺は何度も不二から告白をされている。
だからと言って俺はどうしたらいいかもわからず返事は曖昧にしていた。
そもそも返事などするべきなのか、それすらわからない。
不二は俺の気持ちについてしつこく尋ねてきたので、仕方なくありのまま話したら不二は噴き出して笑ったのだ。
実に失礼極まりない男だと俺は思った。
「いいよ、僕は。君からの返事なんて期待してないし」
「どういう意味だ」
「こうして一緒に行動することを拒まれたわけじゃない。つまり僕が側にいても不快じゃないなら…大いに望みがあるよね」
「……」
「きっと君の中ではまだ混乱しているんだろうね。でもそれでいいんだよ、僕達はたくさん悩んで、考えて、それで答えを出せばいいんだから」
不二にあるこの余裕というべきものが、俺にはない。
俺はハンドタオルを差し出して不二に渡した。
未確認飛行物体でも見たような表情をして不二は俺を見上げた。
「てづか…」
「なんだ。汗を拭くのにはちょうどいいだろう」
「…僕はやっぱり君を好きになってよかった」
笑顔でそのタオルを受け取った不二は自分の額ではなく俺の額の汗を拭った。
突然のことに俺はつい身構えてしまった。
「大丈夫だよ、君を突き落としたりしないから」
「そんなこと冗談でもやめてくれ」
「わかってるって。手塚、そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫だよ。パートナーが汗を拭ってあげることってそんなに不自然なこと?」
この場合のパートナーとは何を意味しているのかわからなかったが俺は一言、そんなことはないとだけ言った。
