俺の正面にいるのは本当に不二なんだろうか?
黒のスーツを身に付けて煙草を吸う姿はとても不二とは思えない。
俺の知ってる不二はこんなじゃなかったはずだ。






「英二、大人になったよね。落ち着いてるっていうか…なんだか僕の知ってる英二じゃないみたい」

「それはこっちのセリフだよ!」






そう?なんて余裕を見せて笑ってるけど。
俺だって成人してるんだし、いつまでも落ち着きなかったらダメでしょ!

不二は前から大人びていたけれど、さらに大人っぽくなった気がする。
煙草をくわえている口元が色っぽくて綺麗だと思った。










俺達は偶然駅で会った。
俺が声をかけられて。
どっちも帰宅中だったからこれからお店にでも入ってちょっと話したいね、と言って今ラーメン屋にいるわけだ。
互いに東京から出ていないってのは知ってたけど連絡をとることもなかったし、今まで会うことがなかったからすごく新鮮だった。






「英二は保育士なんだよね、子供好きだったなんて知らなかったな」

「一緒に遊ぶのがすごく楽しくてね〜!歌を歌うのとか、皆で踊ったりするの。でもね、職場の人に“菊丸くんも子供みたい”とか言われるの!」

「園児達に紛れてそう!」

「にゃはは〜。でもね、楽しいだけじゃないんだ。子供って思いも付かないような遊びをするからさ、しっかり見てないとすぐケガしちゃう」






それは大変そうだね、と言いながら不二は焼酎を飲んだ。

しばらく会わなかったからなおさらなのかもしんないけど、不二の方が大人になってた。
身長だって俺よりいつの間にか高くなっちゃってるし、肩幅とかもがっしりしちゃって…男らしさが増した気がする。
それに比べて俺なんて筋肉も落ちちゃったし、あんまり食べなくなったせいか腕が細くなりつつある。
不二を見習って俺も鍛えなきゃダメだな。

俺が味噌ラーメンをズルズルすすっていると不二は焼酎のグラスを空にしてしまった。






「もう飲んだの?!…もしかして不二ってお酒強い?」

「人には強いって言われるかな。あんまり自覚ないけど。僕は性格も変わらないし、記憶を失ったこともないし、あと…吐いたりもないな。バーで知らない人に声かけられて飲み比べもしたけど…相手の方が先に潰れちゃったことがある。あっ!すいません、同じのもう一杯下さい」

「酒豪…」






俺は飲んだらまずフラッフラになる。
そして抱きつく。
記憶なくす。

大学時代の飲み会でも一度リバースを経験済み。

…って考えると俺はめちゃくちゃお酒には弱いんだ。
だからグイグイ飲めちゃう不二が羨ましかった。






「お酒は飲めればいいってわけじゃないよ。英二は昔から弱かったじゃない。テニスの合宿でさ、先生に内緒でこっそりビール持ってって…英二は口つけたらすぐにペッって吐き出してさ」

「あんなに苦いと思わなかったんだもん!」






中学時代の話で盛り上がっていた。
あのときがすごく懐かしかった。
思い出を話すのは楽しい。

でも、俺は今の不二がどうしているのか気になった。
だって俺、不二の近況とか知らないんだもん。







「不二はさ、今何してるの?」

「ん、普通の会社員だよ」

「そっか。そういえばさ、不二ってまだ結婚してないよね」

「…うん。してないね」

「恋人とかいるの?」

「いないね」

「なんで?だってあんなに中学のときモテてさ、高校だって大学だってファンクラブができてたのに」

「すみません、おかわり下さい」






俺を見ないようにしてお酒を頼んだ。
不二ってばまだ飲むんだ…。
てか俺の気のせいかもしれないけど恋人とかの話になったら急に不二の態度が変わった気がする。
あんまり触れてほしくなさそうな顔してるし。

俺が話題を変えようとしたとき、今度は不二が俺に質問した。






「英二って…子供いるの?」

「いないよ」

「…作ろうとか思ったりする?」

「…ないかな」






今度は俺のテンションが下がった。
最近相手方の親戚家族がうるさいんだ。
子供はまだか、作る気はないのか。
そんなのこっちの話なんだから関係ないのに。
口出しなんてされる覚えないのに。
結婚だってしてよかったのかどうか最近わからなくなってる。






「そう…よかった」

「よかった?」

「あ、いや…なんでもない。奥さんはもう保母さんやめたんだっけ?」

「うん。子供大好きなのにいいの?って聞いたんだけど…いいんだって」









最後にラーメンのスープをごくりと喉を鳴らして飲んだ。
あんまり味がしなかった。



会計を済ませて俺達は店を出た。
後味の悪いまま外の空気に触れると心だけが冷えていく気がした。







「じゃあ…また会おうよ英二。これ、僕のアドレス」

「あ、ありがと」

「じゃあね」

「うん…またね」






不二から目を離せずにいた。
帰っていく不二の後ろ姿を見て、何か言いたかった。

口は開くのに声が出なかった。