俺は家に帰った。
心残りがあったのに何も言わないで帰ってきたことに後悔した。

このまま家に帰るのがなんとなく嫌だった。

帰ると俺の奥さんが待っていた。
お風呂にはもう入っていたみたい。
先に寝ててもよかったのに。






「おかえり」

「ただいま…先寝ててよかったのに」

「いいの。顔見ないで寝ちゃうのやだったから。…お風呂沸いてるよ」








彼女と出会ったきっかけは職場だった。
どちらも新人でまだ不馴れだったから一緒にいろいろ学ぶことが多くて。
気が付いたら仲良くなってた。
周りも俺達がいい雰囲気なんじゃないかとか言って気遣ってくれることも多くなった。
今がチャンスだよって上の人に言われて俺は彼女にプロポーズした。
流れに乗っかってプロポーズしただけで…結婚についてあんまり深く考えてなかった。
夫婦って響きもそんなに悪くないし。

でも彼女は何かに期待している。
何かってのは…子供。
子供を欲しがっているのはわかっていた。
保母さんになるくらいだもん、子供が大好きなのは知ってる。
でも俺には問題があった。

俺は…彼女とセックスができない。













浴室に行くと室内はまだ湯気が残っていた。
彼女が入ってからまだそんなに時間が経っていないことがわかる。
いつもならもっと早くお風呂に入っちゃうのに…俺のこと待ってたのかと思うと胸が痛い。

はっきり言って待たせたりするのってすごく負担。
できれば彼女も自由にしててくれればいいのにって思う。
今日だって昔の友人と食事するってあらかじめメールしておいたのに。

体を洗いながら俺は下半身を見た。
役立たずなものが見える。
いや、役立たずなわけじゃない。
一人でするときはちゃんと働いてるんだ。

でも彼女の前だと勃ちもしない。
以前彼女と体二つ並べてベッドに入ったとき彼女は抱かれると思っていたらしい。
もちろん俺だって抱くつもりでいた。
でも出来なかった。

俺はもしかしたら病気なのかもしれないと思った。






「上がった?…もう寝る?」

「うん」

「あのね…」






彼女が突然俺を抱き締めた。
彼女は体が冷たくなっていた。






「今日…してみない?時間をかければきっと…」

「ごめん…今日疲れてるんだ」

「私がするから…英二は何もしなくていいから」






必死なのはわかった。
でも俺にはセックスしたいという気持ちが全くなかった。
手を軽く払いのけて布団にもぐった。

後から彼女の溜め息が聞こえたけど聞かなかったことにした。













翌日、仕事に早く行こうと思って朝御飯を作って、食べて、すぐ出かけた。
というのも奥さんと顔をあわせたくない、というのが本心。
なんだか罪悪感だけが生まれて、とても会話なんてできそうにない。
どうしよう…あんまり今日仕事に行きたくない。






「あっ…メール」






不二からのメールに返信していなかった。
本当は昨日の夜に来てたんだけど…早く寝たくて返信してなかった。






“件名:今日はよかった

本文:英二に会えるなんて思ってなかったから久々に会えて嬉しかった。
唐辛軒のラーメンって味は当時のままだし、英二と食べられて僕…幸せだったよ。
また会いたいんだ。
いつ会えるかな?”






俺は休みの日を入れて返信した。
次に会うのは来週の火曜日、ということになった。
今度は駅前の喫茶店。
火曜日がすごく楽しみ!















「えいじせんせぇ、うたうたって〜」

「ぴあのひいてー」

「あ〜はいはい、今弾くから…こら、人の服を引っ張っちゃいけません!」






自分で言うのもアレだけど、この幼稚園で俺はけっこう人気が高い。
というのも俺以外に男の保育士がいないからだ。
男女平等社会といえども、実際幼稚園や保育園で働く割合は女の人の方が多くて、9割を越えてるって話を聞いた。
だから男の場合は1割にも満たないんだって。








「えいじせんせぇ!はーやーくー」

「ほいほいっ!んじゃ〜行っくよ〜!!森のくまさん!」



“あるひ♪
もりのなか♪
くまさんに♪
であった♪
はなさくもりのみち〜♪
くまさんにであった♪”






童謡はけっこう得意な方で子供達と歌うのは大好き。
でも実はピアノがあんましうまくない。
まさか自分が保育士になると思わなかったから、だいぶ後になってピアノを学んだわけで…たまに鍵盤間違えて不協和音が響くと子供達は俺を笑うんだ。






「せんせぇまちがえたぁ」

「へんなおと〜」

「にゃはは、また間違っちゃった」






子供は可愛いと思う。
俺もたまに自分に子供がいたらとか考えたりする。
すごくいい。
子供がいたらきっと楽しい。

もちろん世話は大変なことぐらいわかってる。
でも…それが理由で子供を作ろうって気になれないわけじゃない。
一体何が問題なんだろう。