約束の火曜日。
お互い仕事が終わる時間に合わせて待ち合わせをしていた。
それなのに僕は大遅刻をしてしまった。

仕事がなかなか終わらなかったから、なんてのは言い訳にしか過ぎない。
僕から誘ったくせに何やってるんだろ。





「ごめん!待たせて…」

「いいよ〜?俺もさっき来たばかりだし」








そんなはずはない。
英二を2時間も待たせてしまったのに。
おそらく僕に気を遣ってそう言ってくれたんだ。

英二は優しい。






「せっかく会うのに遅れるなんて…」

「気にしなくていいって!あ、ここで俺におすすめのがあるんだって?」

「あ、うん。英二がね、たぶん喜ぶんじゃないかなってのがあるんだ。今注文するね」






マイルドミルクスーパーパフェ。
名前からしてすごいけど実は表メニューにはない、幻のメニューなんだ。



しばらくして───
向こうからウェイターの人が腕をぷるぷると震わせて運んできたのは高くて大きな白っぽいパフェ。
高いというのは器の丈のこと。(もちろん値段も高いはず)
特注じゃなきゃ手に入らないような器で、ミルククリームとかミルクアイスクリームとか白で統一された感じ。
てっぺんにはソフトクリームがコーンごと刺さっている。






「何これ何これ?!!!こんなのメニューになかったよ?!」

「友達に教えてもらった裏メニューなんだ。一日限定5食しかないんだよ。あんまり知られてないからこの時間でも注文できたんだね」

「えー?!すっごぉい…ってか不二の友達がこの店やってるんだ?それも知らなかった…」

「やだなぁ英二、君も知ってるだろう?この店の名前は?」

「デラックス喫茶 乾……いぬいってまさか?!」

「そう、そのまさかだよ」






乾は今までの作品をおしまいにするのがもったいないと思ったらしく、ついに自らお店を作ってしまった。
でもこの喫茶店、ただの喫茶店じゃなくて主にスポーツ選手御用達のお店らしい。
乾は成分を分析して科学的に作ってるみたいだからね。
だからメニューが一風変わっているんだ。






「どおりで変だと思った!コラーゲンパフェはまだわかるけど、プロテインゼリーとかアミノ酸ジュースとか変わったのばかりなんだもん」

「久しぶりだな英二」






突然奥の方から出てきたのは白いシャツに黒いエプロン姿の乾だった。
例の裏メニューの注文が入ったから僕が来たことがわかったんだ。
英二はすごい驚いてる。






「うわぁ〜!乾じゃぁん!元気だった?!」

「一応ね…。不景気でなかなか固定客もつかなくて困っていたが…お前達が来てくれて嬉しいよ」

「じゃあ俺、週一でココ来るよ!」

「それはありがたいな」

「…そういえば従業員ってさっきのウェイター以外いないの?」

「あぁ…実はもう二人いたんだがやめたんだ。ここは時給が安いと言ってね」

「そっかぁ…あ!もしかしてさっきのウェイターって乾の!」

「彼女なんだって。将来結婚するらしいよ。いいなぁ、みんな結婚かぁ」






僕は煙草に火をつけた。
最近喫煙の量が増えてる気がする。

そして…僕が煙草を吸うと英二は僕をじっと見つめてくる。
このときがすごく嬉しい。

この視線を虜にしたくてわざと英二の前で吸っているってのもある。


そう…僕は英二が好き。
仲間や友達として、じゃなく一人の男として。

その気持ちに自分で気付いたのは、中学で部活に入ってから。
12年もこの気持ちを誰にも暴露せずにきた。
気持ちを伝えなかったのは関係を壊したくなかったから。
何も告げずにいればとりあえずは“友達”“仲間”でいられる。
お弁当も一緒に食べられる。
おしゃべりもできる。

こうして時は過ぎ、高校や大学が一緒でもクラスが違ったり別の友人ができると、お互いに接触する機会が減った。
それも仕方のないことだと思った。
時間が経つとはそういうことなんだ。






「不二ぃ…あのさ、煙草好き?」

「んー…好きっていうか吸うのが当たり前になっちゃったかな。僕はただのニコチン中毒だよ」

「お前も変わったな…周囲には女子が取り巻いてキャーキャー言われてたのに…今じゃ煙草に酒にギャンブル三昧なんだろ?」

「ギャ…ギャンブル」






乾ってば口が軽い。
あんまり英二の前では言って欲しくなかった。
でも隠してもしょうがないし、内緒にしておいてって言ったわけじゃないからいいんだけどね。

そう、僕は大学に入ってからギャンブルを覚えた。
最初は趣味の領域で遊んでいただけだった。
だけど就職してもやめられなかった。

あげくに不景気が勤めていた会社にも響いて、職を失ってしまった。
今は事務の派遣をやっているけど、1年契約。
うまくいけばもう3年勤められるらしいけど、その保障はない。
たとえ勤められてもその先はどうすればいいかなんてわからない。

この時代に生まれたことを悔やみ、“稼げれば”という思いでスロットに野口英世を50枚投じた。
だが全て飲まれた。
たたでさえ余裕のない生活なのに自分の首を自分で絞めてしまった…という話をペラペラ話した。

英二は硬直した。






「野口英世50枚…?5万円使ったってこと?」

「そうだよ。でも僕なんて大したことないよ。中には月の収入全部使い果たす人もいるんだから」

「…そ、そうなんだ」






さすがにしゃべりすぎたと思った。
英二が引いてるのがわかった。
こんな僕の人生を良いと言う人なんていないだろう。
でも構わない。

まともに生きることをやめたんだ、後悔なんてしないさ。


僕はまた一本煙草を出して吸い始めた。