手紙を書き続けて、数年が経ち…不二が自由の地を踏みしめることができることになった日。
俺は家で待ち続けていた。
特に連絡をしていたわけじゃない。
それでも…きっとお互いの気持ちはおんなじだと思っている。
気が付けば入社したのは今と同じ桜が咲いていた春だったんだな。
俺は不二のことを考えながら、今までのことを振り返った。
あのときは普通の友達…同僚だったんだよなってこと。
昔から変わらない、友情でずっと一緒にいたよねってこと。
なんだか懐かしすぎて涙が溢れそうになった。
でも泣かない。
これは決めた約束なんだ。
泣かない。
絶対泣かない。
監視期間などもあり、まだ完全な自由ではないけれど…不二はちゃんと俺の
待つ場所を理解して来てくれるかどうかがわからなかった。
とても心配だった。
それでも俺は不二を信じていた。
不二は俺を裏切らないし、絶対に来てくれる。
そう信じていた。
それなのに…俺は不二の姿を発見して手を振ろうとしたときだった。
不二は手に何かを持っていた。
キラリと光る何か危なげなもののような気がした。
でも見ないふりをした。
俺はなんだか不安になってきた。
不二がだんだんと近付いて来る。
どうしてだろう。
久々に会うんだし、俺はもっと不二に対して喜びを表すと思っていた。
でも、違った。
不二に対して、疑問と恐怖の概念に駆られていて…でも問いただすこともできずにいて。
俺は勇気がないから最初は何も話せなかったけれど…何も不二がしゃべらないから話してみた。
「おかえり…不二。どうしたの…その手に持ってるやつ」
「あぁ…ただいま。これ?…ちょっと店で買ったんだ。台所の包丁、切れ味悪くてさ」
「今…買ったの?」
「うん、そうだよ。ねぇ…英二、何か僕おかしい?」
「ううん、おかしくなんかない」
笑って過ごした。
どうしても変に気がかりになってしまって。
何も今のタイミングで買って、持ち歩く必要なんてないじゃんか。
そんなのおかしいって思うの当たり前じゃんか。
不二…もしかして…
「やだなぁ…英二。せっかく僕は戻ってくることができたんだ。今日は料理を
振舞って欲しいんだよ。この包丁で」
「え…うん。わかった」
不自然のなのは承知だけど、ここで変に問いただしても意味はない。
だから俺は不二に出所祝いとして料理を振舞うことになった。
不二は…元気にしてたのかな。
見たところ、ちょっと前よりは痩せたけど…特に変化はないみたいだし…
大丈夫かな。
俺は家に着くと、不二から新しい包丁を貰おうとした。
そのとき…
やっぱり嫌な予感は的中した。
俺が受け取るはずの包丁は不二自ら自分の腹に刺していた。
赤いドロっとした液体が腹からボタボタと落ちていく。
見た瞬間俺は悲鳴を挙げた。
「ばか!!!ばか!!!!何やってんだよ!!!」
「やっぱり…僕みたいな人間は普通に暮らすなんて無理なんだ…」
「しゃべらないで!!今、救急車呼ぶから!!!!」
「いいよ…僕は…君が手紙を毎回…くれてた…グフッ…」
「いやだ──────!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「英二?!どうしたの…うなされて…?もう朝だよ」
不二の声でびっくりした。
そうだ…俺は夢を見ていたんだった。
不二は包丁を持っていたけど…決して自分を刺すなんてことはしなかった。
俺の予想とは逆に、不二が手料理をごちそうしてくれてたんだった。
刑務所では自分のやりたいことなんてできなかったから…だから英二には迷惑
もかけたし、たくさんお礼がしたいって。
俺が許すまで…精一杯尽くしたいって…不二は俺に言ってくれたんだった。
何を悪い夢なんて見たんだろう。
あんまりにも不二のこと…考えすぎてたんだな。
「大丈夫?…うなされても、僕はちゃんと君の所に行くからね。ちゃんと起こしてあげるし、
悪い夢を見たのならもう怖くないようにしてあげる」
「不二…」
「君には何度謝っても許されないことをした。だから君の仰せのままに…
これから僕は生きていくから」
「…うん」
不二はニコリと俺に微笑んだ。
俺も微笑み返した。
平穏で、もうあんなひどいことが起きないように。
俺は小さく心の中で祈りを捧げた。
