彼らの髪を揺らすのは涼しくなった秋風。
景色もあの暑苦しかった夏を忘れさせるかのように葉も徐々に色付き始めている。
とはいえどもまだ昼間は暑さが少し残っていて、完全に秋の装いができずにいる。
そんな今日は不二とデートだ。





前日の夜にメールが来た。
着信音と着信画像ですぐに不二からのメールだと気付いた英二は早々にメールを見た。
明日一緒に出かけないかというお誘いのメールだった。
もちろん英二は承諾の返事をする。
元々この日は不二と出かけたくてあらかじめ予定を空けておいたのだ。

「(やった!不二とデートッ!)」

それから英二は鏡の前であーでもないこーでもないと悩む羽目になる。
その理由は明日のデートに着ていく私服に困っていたからだ。
もちろん服の数は足りている。
問題は組み合わせなのだ。
学校にいると制服かジャージだから悩むことはまずないのだけれど、いざ休日に出かけるとなれば私服にせざるをえない。
そして嬉しいと言うべきなのか困ると言うべきなのかわからないが、不二の私服は物凄くカッコイイのである。
英二だってセンスがないわけではない。
わりと雑誌だって中学生でありながらもチェックしているし、着こなしも勉強はしている。
だがいざ服選びとなると悩んでしまう。
あの“不二周助”と並んで出かけるとなれば誰でも悩むものかもしれないと英二は思う。
一番嫌なのは自分が格好悪くて不二に迷惑をかけてしまうことだ。
不二は優しいからよほどヘンテコな格好をしない限りはセンスが悪いなど言わない。
厳しく言ってくれた方が参考になるのだけれど彼は基本いいことしか言ってくれない。
それはまだ不二との距離を縮められていない証拠でもあるような気がして不安な気持ちに駆られる。

「(う…どうしよう…あ!そうだ!)」

英二には兄二人、姉二人という強い味方がいる。
しかもセンスは見劣りせず皆ファッションには疎くない。
となれば兄弟にアドバイスを求めるのも悪くない。
英二は早速兄達の部屋へ向かう。
しかしタイミングが悪いのか運がないのか皆働いていたり、まだ学校から帰ってきておらず相談にならなかった。

「(やっぱ自分で決めろってことかぁ…うぅ…)」

英二の葛藤した服選びはこの後もずっと続き、二時間を要したのだった。





翌日になり、待ち合わせより20分早くに着く。
インナーはシンプルな白のTシャツ。
そして赤いノースリーブのパーカーを羽織る。
黒のパンツは少し裾を折り、靴はお気に入りのスニーカーを履いてきた。
首には不二から貰った鈴のついたペンダントをしてきた。

「(結局いつもと大して変わらない格好になっちゃった…)」

不二はどんな私服で来るのだろう。
英二はそれが楽しみでもあった。
暫くすると不二らしき人物がこちらを目指して歩いてくる。
間違いなくあの歩き方は不二だ。
人の歩き方は一見大差ないように思えるが、よく見るとそれぞれ特徴がある。
不二はすんなりと無駄な動きをしない、さっぱりとした歩き方なのでどんなに人に囲まれていようが絶対に見つける自信が英二にはあった。
手を振れば不二も同じように手を振り返してくれた。

「随分早く来てたんだね。もしかしてかなり待たせた?」
「うんにゃ、俺が早く来すぎちゃっただけ!」

やっぱり予想以上に不二のスタイルはよかった。
鎖骨が露出してしまっているピンクの長めのTシャツ。
インナーには黒のタンクトップを着ている。
下は脚の綺麗なラインがはっきりとわかるデニムのスキニーを履いていた。
シンプルでも恰好よく着こなしてしまう不二がとても羨ましかった。

「相変わらず不二はカッコイイよね…いいなぁ」
「英二だって可愛いじゃない。他の誰かに見られるのが嫌で仕方ないくらい」

何を言う。
そのスマイルだって反則じゃんかと心の中で英二は呟いた。
不二を見られたくないと思うのは英二も同じだった。
だがその半面見せつけたいとも思ってしまう。
本当ならば腕組みまでしたいくらいだ。
もちろんそれはできないけれども。

「英二…今日は可愛いって言われても反論しないんだね」
「え…あっ!お…俺だってカッコよくなりたいんだから可愛いって言うのはナシ!」
「くすっ…はいはい…」
「なんで笑うんだよー。もう…」
「ごめんごめん。ほら、膨れてないで早くいこ?」

機嫌を取り直して不二と並んで歩く英二。
今日は久々に街へと出かけるので楽しみだった。
もう部活も引退してしまったし、こうして休日をじっくり過ごせるのは英二にとって堪らなく嬉しかった。
今思うと部活ばかりしていて一般的に街に出かけたら何をしたらいいのかも正直わからずにいる。
ましてや一緒に行動しているのが恋人ならばなおさら。

「まず何しようか、あぁ…お昼食べた?」
「ううんまだ」
「じゃあそこのコーヒーショップ入る?」

英二は頷く。
やはり不二はこういうときの判断を見るに大人だなと思ってしまう。
不二と付き合う前は主に桃城や越前と行動していて、行く場所となればファストフード店かファミレスだった。
英二もその方が気を遣わなくて済むし、ラクに話すこともできたからだ。
入るのが嫌なわけではない。
だがどうしてもこの拒絶感が拭えないのは何故だろうと考えてしまう。
考えているとふと不二は立ち止まるので英二も立ち止まった。
視線をやれば不二はこちらを見ている。
思わず恥ずかしくなって英二は赤面する。

「ど、どうしたの?」
「…いや、やっぱり違う店にしようかなって」

不二が財布から何かを取り出した。
取り出したのは二枚のクーポンチケットである。
そこには英二がよく行く店のロゴが描かれている。

「ちょうど二枚あったからこれでお昼食べようか」
「あ…うん」

不二はさりげなさを装ったのだろうけれど英二にはわかっていた。
なんとなく気乗りしない自分に対して店を変えてくれたのだろう。
つくづく思ってしまうのが自分の趣味が不二と合っていないということだ。
それは言葉にしたくなくて気付かぬフリをしていたのだけれど、おそらく不二もわかっているのだ。
それでもお互い好きだから。
だから付き合っている。
でも。

「お昼の時間から外れてるのに混んでるね」
「うん。やっぱ休日だからだろうねー。あと安いし」
「英二、はい」
「ありがと」

不二から受け渡されたクーポンを貰う。
しかし英二はこのクーポンが期限切れであることに気付く。
こういうとき、英二は何故か嬉しく感じてしまう。
人の失敗を笑っているのではない。
自分に近い存在であると思えるのが嬉しいのだ。

「ふーじ。クーポンの期限、切れてるよ」
「え?…あ、ホントだ。ふふ…やっちゃった」
「俺、モバイルで探すよ。たぶん今月の更新されてると思う。うん…あった」

今月の仕様でメニューは違えど、割引になるので不二に見せた。
お互いどれにするか決めてから会計に並ぶ。
混んでいて効率が悪いので英二が不二の分も一緒に頼むことにして、不二は席で待つことにした。

「あれ…不二先輩」
「あぁ、越前。奇遇だね」

ぺこっと越前が頭を下げる。
偶然同じ店に桃城と来ていたらしい。
越前の肩にはテニスバックが背負わされている。
部活を終えたばかりなのだろうか。
英二は遠目に不二が越前と話しているのを見ていた。
注文を終えて英二が不二のところへ向かうと越前は挨拶をした。

「ふーんそっか、桃と一緒だったんだー。今はいないみたいだけど?」
「トイレに行ったみたいっす」
「戻ってきたら騒がしくなるね」

「あー!!不二先輩にエージ先輩!!」

やっぱり、と不二は口の端を上げて笑いながら言った。
だが目はあまり笑っていなかったように見えた。