客数が多かったため越前達は座る場所がなかったらしい。
ボックス席の取れた不二は後輩達に一緒に相席することを勧めた。

「いいんすか?じゃあお邪魔しまーす」
「どうぞ。君達は注文しに行かないのかい?」
「桃先輩が戻ってくるまで待ってたんスよ。今から行ってくるっス」

桃先輩邪魔、と可愛げない言葉を放つ越前に桃城は怒りながら越前の後を追いかけた。

「相変わらず元気だね」
「あいつらはあれくらい元気がないとねー」
「…英二、どうしたの?」
「ん?どうもしてないよ」

英二は嘘をついた。
本当は堪らなく今の状態に満足がいかない。
せっかくのデートだというのにこれでは部活帰りとなんら変わらないのだ。
そもそも馴染みの店に来てしまったことが事の発端かもしれない。
不二が入ろうと言ってくれたコーヒーショップの方がゆっくりできただろうし、知り合いに会わずに済んだかもしれない。
英二は失敗したと思った。

「英二、僕達先に食べていようよ。桃達当分戻ってこないよ」
「うわ、本当だ。さっきより混んでる…」
「ねぇ…英二のポテト貰っていい?」

英二は軽く頷いた。
それと同時にやっぱ単品じゃ足りないだろーと言っておいた。
暫くして漸く後輩達が戻ってきた。
やけに越前が不機嫌そうにしている。

「桃先輩が注文前にトイレなんて行くからタイミングが悪いんすよ。おかげでどれだけ待ったか…」
「そういうなよ越前。でもおかげで 先輩達に会えたんだしいいじゃねぇか」
「そういえば君達バックを持ってるってことは今日は練習だったのかい?」

不二は斜め向かいに座る桃城に視線をやりつつ質問した。
不二と英二は向かい合って座っており、不二の隣には越前が、そして英二の隣には桃城が座っている。
だがその不二の問いにいち早く答えたのは不二の隣にいた越前だった。
気のせいか身を乗り出しているようにも見える。

「はい。今日は午前で終わりだったんで…だからこのまま桃先輩と昼飯にしようと思ってたんすよ」
「へぇ…そっか。桃城副部長の働きぶりはどうだい?」
「大石副部長とは大違いっすよ。まだ馴染めてない感ありありで」
「おい!本人目の前にして言うことか〜!?ったく…あいっかわらずお前は生意気だっつーの」

桃城が越前の額を小突いた。
越前は小声で痛いっスと言うがあまり気にしないような様子で再び不二の方へと向き直る。
英二は不思議と口を開こうとしても言葉を発することができず、仕方なくセットで注文したオレンジジュースを飲んでいた。

「部長が海堂先輩ですからね。皆真剣には取り組んでいますよ」
「そうなんだ。でも海堂が部長だとしっかり練習できそうでいいんじゃない?厳しすぎたらそこを桃が和らげる感じで」
「でもこの二人が喧嘩すると仲裁してくれる人がいないから…竜崎先生には相変わらず怒られてばかりなんスよ」
「ふふっ…そのくらい威勢がいい方がちょうどいいのかもよ。頼もしいじゃない」

気付けば不二と越前の二人だけの会話となっている。
桃城は今月新発売になったというバーガーを一生懸命食べていたし、英二はその二人の会話を聞きながらも何故か入りにくい雰囲気だった。
こんなことは今までになかったけれど、違和感があるのは自分だけではなかった。
いつになく越前が饒舌になっているのである。
英二はそれが変に気に障る感じがした。
もちろん普段クールな彼だからって食事中も喋らないというわけではない。
むしろ全国大会優勝をしてからなお部員と話しやすくなったという環境の変化もあるのかもしれない。
しかしそれにしてはよく口が回るように思う。
現に越前の頼んだバーガーもポテトも減っていない。
会話に夢中になりすぎている。

「そういえば…越前」
「はい?」
「お腹空いてたんじゃなかったの?全然減ってないけど」

久々に会えたから会話ばかり弾んでしまったと言い訳のように話した越前を英二はなんとなく面白くないように見ていた。
そもそも今日は不二とのデートであったのに何故自分が除け者のようにされなくてはならないのだろう。
なんとなく体の内側にキリキリした痛みが走る。
そこにオレンジジュースを流し込むからなお一層傷口に染み込んでいくような気がした。

「…英二先輩どうかしましたか」
「…へ?」
「なんか…目つきが怖かったっス」
「あれ、英二もあまり食べてないじゃない。僕達成長期なんだからちゃんと食べないとダメだよ?ほら、横にいる桃を見習いなよ」
「そういう不二先輩だって見習った方がいいんじゃないっスか?単品じゃ足りないでしょ、俺のポテトあげますよ」

越前は不二のトレーにポテトを数本乗せた。
不二はありがとうと微笑みながらそのポテトを食した。

面白くない。
きっとそう思っているのは自分だけだと思う。
しかし美味しいところは皆越前に持っていかれた。
せっかくのランチタイムもほぼ英二は無言で終わってしまい、桃城がたまに茶々を入れたりしても会話の主体は不二と越前だった。
何故今日に限って越前はよく喋るのかわからなかった。
疑いすぎと思いつつも英二は不二がいたからではないかと考えた。

「あーうまかったぜー!越前、今度お前も食ってみろよ」
「桃先輩はなんでも美味しいっていうじゃないっスか。あんましアテにならないっス」
「てめっ!またそういうことを言う」
「あはは…でも桃の食べっぷりも見てて気持ちいいからなぁ」
「え、不二先輩はがっつり食べる人が好きなんスか?」
「もういいじゃん!」

英二は一言で会話を断ち切ってしまった。
不二も越前も桃城も黙って英二の方を見た。

「どうかしたんすか、エージ先輩」
「ううん…そうじゃない…」

桃城が心配そうに英二を見つめる。
しかしそれより先に不二は英二の肩に手を添えて様子を窺った。

「これから英二とまた出かけるんだ。ちょっと具合悪そうだから僕達はここで──」
「あ…はい」
「んじゃまた!エージ先輩、無理しないで下さいよー」

二人の後輩と別れて不二と英二は場所を移動した。
英二は心底自分が格好悪いと思った。
そして同時に情けないとも思った。
不二に相手にしてもらえなかったからって拗ねてる自分が酷く滑稽なのだ。
不二も恋人がこんな態度では嫌がるだろう。
やはり不二と付き合うなんて無謀であるような気さえしてきた。

「英二…大丈夫なの?ごはん食べてる時からなんだか調子悪そうだった」
「…へーき」
「嘘。今の君…顔真っ青なんだよ、わかる?ねぇ、何がよくなかった?」

本音など言えない。
越前とばかり話していたのが気に食わないなど口が裂けても言えない。
大体そんな理由もおかしいのだ。
話したければ自分から介入すればよかっただけのこと。
英二自身で加わらなかっただけなのにそれを不二や越前に文句を言うのはお門違いである。

「…ちょっとお腹の調子がよくなかったんだ。俺さっきジュース飲んだでしょ?それでもっと冷えちゃったみたい。でももう大丈夫だから心配いらないよ」
「本当に?」
「うん!さっき変な雰囲気にしちゃってごめん」
「いや、英二が大丈夫ならいいんだ」

少しベンチで休んでから英二達はショッピングを楽しむことにした。
不二は姉に頼まれていたCDを買う用事があるらしい。
それを聞いて英二も兄に頼まれていた雑誌を買わなくてはならなかった。

「家族って出かける人をコキ使うよねー」
「普段忙しいんだから仕方ないんじゃない?」
「不二ってばお人よし。でも由美子姉さんみたいに美人な姉ちゃんだったら俺お使いでもなんでもしたいかも」
「そんなこと言うと本気で使われるよ…姉さんはすぐ調子乗るから」

苦笑いしながら不二は話している。
そうだ。
この笑みも声も体だって本当は俺が堪能するはずだった、と英二は思った。
まださっきの昼食のことが後を引いている。
越前の最後に見たあの挑発的な目。
見間違いであって欲しかったけど口パクで英二に向かって何か言った。
鮮明に視覚で覚えている。
不二も桃城も気付かなかったのだろうけれど英二は気付いていた。

『奪・っ・て・も・い・い・?』