不二と英二はその後CDショップへと出かけた。
自分達と近しい年齢の客もいたがどちらかというと年上の客の方が多いようにも思う。
考えてみれば英二も最近CDを購入することはない。
よほどお気に入りでない限りはDLして聞いている。
「不二ってCDとか買ったりする?」
「うーん、僕はたまにしか買わないなぁ。姉さんもいつもは買わないんだけど。珍しく今回だけは欲しいって言ってね…そういえば英二も買わない派だよね?」
「うん。音楽は持ち歩くものだしCDだと場所取るし」
しかしせっかく来たのだから流行のアーティストでもチェックしようかと、英二は新曲の聞けるヘッドフォンのところまで行ってとりあえず聞いてみた。
ノリはいいけど何回も聞いたら飽きてしまいそうな曲だった。
一方不二は探していたCDが見つかったようだった。
「あ、不二見つかったの?」
「うん、この間リリースしたばかりみたいだったから見つけやすい場所にあったよ。ねぇ…それより英二は何を聞いてたの?」
目の前に貼られているのは最近人気急上昇中の女性アイドルグループの新曲ポスターだった。
「英二が好きそう」
「えぇー俺チョコレーツの方がいいよ」
「そう?ちょっと貸して」
英二からヘッドフォンを取り、不二は耳にあてた。
こんな一つ一つの動作でさえどきどきしてしまう。
ヘッドフォンを身につけている不二もまたカッコイイのだ。
英二はアイドルのポスターを見ても何もときめきはしなかった。
むしろ不二のポスターが欲しいと思ってしまうぐらいだ。
…なんて恥ずかしくて口が裂けても言えないのだけれど。
「うん、カラオケとかで歌うにはよさそうな曲だね」
「えー不二歌うの?」
「僕が歌っちゃダメなの?」
「うーん…イメージが…」
不二が普段どんな曲が好きなのか気になったので以前データをもらったことがある。
これはお互い音楽の嗜好が知りたくて自分の好きなものを詰め込んで交換しようと言ったときのことだ。
やはり思った通りというべきなのか、不二のくれたデータにはジャズミュージックがたくさん入っていた。
自分の知らない世界を覗くことも勉強になると思ったからよかったけれど、逆に自分があげてしまったデータを不二がどう思ったのか気になって仕方なかった。
聞いてみれば英二の好きなものがわかってよかった、と言ってくれたけれど興味なかったのではないかと少しだけ不安になったことを英二は思い出していた。
「英二はさ、僕をどう捉えてるのか知らないけど何でも聞いたりするよ?」
「うーん、そっかぁ」
「じゃあ今度カラオケ行ったら一番にこの歌入れるよ」
「まじ?」
時々不二周助という人物がわからなくなることがある。
もちろん勝手にイメージつけられることは本人も不快だと言っていたし、俺もそういう気持ちがわかるからしたくないのだけれど。
付き合って数ヶ月。
まだまだわからないことだらけだ。
「あ!不二さん!菊丸さん!」
「君は…不動峰中の」
即座に駆け寄ってきたのは神尾だった。
黒いジャージの印象が強く、私服だとぱっと見た限りではすぐに気付かない。
「珍しい組み合わせですね、お二人で買い物ですか?」
「そう。今日はいろんな場所に出かけようと思ってたんだ。ね、英二」
「うん、そうそう」
神尾はレンタルしていた映画のDVDを返しに来たのだという。
そういえば奥の方に映画のコーナーもあることをすっかり英二は忘れていた。
「今日は伊武くんはいないんだね」
「あいつは誘っても面倒だとか言ってボソボソぼやくんですよ。不二さん達が羨ましいです」
神尾から羨ましいと言われて英二は少し有頂天になった。
もちろん彼が不二といることを羨ましいと言ったのではなく、一緒に行動できる相手がいてという意味合いで言ったのはわかっていたけれど。
神尾はまた機会があったら是非試合させて下さいとだけ言い残し去っていった。
「休みのせいか今日はいろんな人に会うね」
「そだね」
「英二さ…お腹の調子は大丈夫なの?」
「え?なんで?」
「さっきから口数が少ないからさ。珍しいじゃない。やっぱり体調よくないなら帰る?」
「まさか!体調なんてへへへのかっぱ!もう治ってるってば」
そう?と不二は不思議そうな表情をした。
やはりまだ完全に隠し切れていないのか。
つくづく自分は嘘が下手であると英二は思った。
これ以上不二を心配させたくなかったので英二は笑顔で振る舞うことにした。
「(さっきのことは忘れてしまおう!)」
気にしても仕方のないことだ。
それにもう部活は引退してしまったのだ。
たまに部員に顔を見せることはあっても、直接的なかかわりはもうない。
だからたとえ越前が奪いに来ようとしても不可能に等しい。
ましてや英二は不二と同じクラスでもあるのだ。
どう考えたって自分の方が有利なはずだ。
だけど。
やはり先ほどの会話で不二の気持ちは明らかに越前に靡いていたようにも思えた。
だから堪らなく心配で仕方なかったのだ。
それにもしかしたら自分といるより越前と一緒にいた方が幸せなんじゃないかとも考えてしまう。
趣味嗜好も越前の方が合うのかもしれない。
考え出すとキリがなくなってしまう。
「ごめん!ちょっとトイレ」
「英二?」
変なタイミングでトイレに駆け込むという失態。
英二はトイレの個室に入り、柄にもなく涙を流した。
「英二…本当に大丈夫なの?」
「だいじょーぶ!これでもう心配無用!」
自分らしさを取り戻して普段通りに装う。
しかし不二は英二の異変に気が付いていた。
トイレから出てきた英二は目が赤くなっていたこと。
若干鼻づまりのような声になっていたので泣いていたのはすぐにわかった。
そして腹痛ではないこともわかっていた。
「(僕に隠し事だなんて…)」
だが不二にはどうして英二に異変が起きたのかまでは理解できなかった。
ファストフード店に入るまでは普段通りだったのに。
「(もしかしたら越前と話していたのが嫌だったのかもしれない)」
不二はさりげなく英二の手を握った。
咄嗟のできごとに英二は驚く。
「(英二を不安にさせるなんて…恋人失格だ)」
「ふ…じ」
「大丈夫。人混みだし、こうした方が離れなくて済むでしょ?」
英二はやっと微笑んでゆっくりと頷いた。

