二人は次に本屋へと向かった。
英二は兄に頼まれていた雑誌を探すことにした。
といっても探すまでもなくメジャージャンルの雑誌であるため探すのに苦労はしなかった。
もちろんこれだけで用を済ますのはもったいないので、英二も読めそうな本はないか探してみる。
専ら漫画ばかり読んでしまうがたまには活字も読むべきであることは自覚していたので、文庫本のコーナーにも足を運んでみた。
このコーナーには不二がいそうな気がした。
案の定そこに不二はいた。

「あ、英二。お兄さんへの雑誌は見つかったのかい?」
「すぐ見つかったよー、人気のあるやつだしね。不二は?」
「うん。今読んでるのがもうじき終わりそうだから新しい本が欲しくてね」

でも図書館行けばお金が浮くんだよね、と不二は付け加えた。
確かに中学生はお金に余裕などはない。
読みたいものがあってもそれはお小遣いの中でやりくりするしかないのだ。
しかしこのお年頃になると気になってしまうものばかりであれこれと欲しくなってしまう。
それなのにアルバイトはできない。
じれったくて中途半端な立場であると思う。

「うん、今日はやめておこうかな。まだ英二といっぱい遊びたいしね」
「ホント?」
「ホントだよ。英二は違うの?」
「まさか!俺だって不二といっぱい遊びたい」

ついここが本屋であることを忘れてしまいそうになる。
不二の瞳を見続けていたら吸い込まれそうになった。
慌てて英二は視線を逸らして雑誌を買うため会計に向かった。
兄からあらかじめもらっていた代金で支払いを済ませる。
本を受け取り不二のところへ戻ると不二は誰かと話していた。
見覚えのある背格好ですぐにわかる。
英二のテニスパートナーであった相棒である。

「おーいしぃ?!」
「やぁ英二。お前らも本屋にいたんだな」
「ふふ…なんだか今日はいろんな人に会うんだよ。さっき越前と桃、あと神尾にも会ったんだ」
「へぇ、そうか。まぁあいつらはよく出かけていることが多いからな」
「大石も本を買いにきたの?」

どうやら妹の誕生日にプレゼントとして買いに来たようだった。
妹思いのいい兄ちゃんだな、と英二は言った。

「それじゃ、また明日学校でな」
「うん、じゃーねー」
「今日は本当にいろんな人に会うね。なかなか二人きりになれないのが残念」
「そもそも街中じゃ二人きりになれないよ」

当たり前なことだがそう言われてみればそうで、うーんと不二は悩み、顎に手を添えて深く考え込んだ。
不二のいつものポーズである。

「不二、もしかして二人きりになれるところを考えてるとか?」
「あたり。なんだかデートって感じしないでしょ?」
「う…そうだけど」

やはり不二もそう思っていたのかと思うと英二はなんとなく嬉しかった。
できることなら二人きりになりたいのは山々だ。
確かに街中では難しいけれど休日を使ってせっかく街に遊びに来たのだからどこかでゆっくりしたい。
ふと考えていたら邪な考えが英二の頭に浮かんだ。

「(オレのばか…!)」
「そうだ、英二。二人きりになるところはちょっと置いといて服見に行かない?あれ…英二?えーいじー!」
「わわ!ごめん!うん!服ね!そうそう秋の服とかちょっと見に行きたいね!」

ボケっとしていたのがばれてしまった。
だけど何を考えていたかまでは悟られていないだろう。
不二に知られたら英二は生きていけない。

「本当に大丈夫?今日の英二やっぱり変だよ。やっぱ体調が」
「だいじょうぶだから…その…心配しないで」

赤面したまま英二は言った。
そもそも今考えた場所は中学生でしかも同性同士が入れるような場所ではないのだ。
兄のベッド下に隠された雑誌を昨日見てしまったのが原因だろう。
相変わらず自分が情けないと思う英二であった。





ショーウィンドウは秋の飾り付けになっておりトルソーも秋の服を装っている。
紅葉と葡萄に囲まれた世界は秋らしいコーディネートで思わず行楽地に出かけたくなってしまうような雰囲気を醸し出している。
服屋は買うだけじゃなくとも見るだけで勉強になる。
毎回コーディネートに悩んでしまう英二にとってはありがたい。
しかしだからといってそのまま着こなせばいいというものでもない。
誰にでも合う合わないというものがある。
そこは自分に当てはめてみて考えなくてはならないのだ。

「不二ってさ、オシャレだよね」
「そんなことないよ」
「なんでも着こなしちゃうじゃん」
「そう思ってるのは英二だけだよ」

姿見に映る不二を見てさらにかっこよく見えた。
今一緒にデートしてお出かけしてるのは不二なんだって思ったらまた緊張してしまった。
普段の制服やジャージでも意識してしまうけれど、やはり私服となるとその破壊力は半端ない。
不二を見つめていると英二に似合いそうだと不二は服を寄越してきた。
不二が自分に服を当ててきて距離が近くなり、英二はドキッとしてしまった。
さらに不二から仄かにホワイトジャスミンの甘い香りがした。

「(やば…超イイ香りがする…!)」
「ねぇ、英二これよくない?」
「(なんでこんなに完璧なのさ…!不二ばっかズルイよぉ…!)」
「ねぇ聞いてるの英二!」

慌てて英二は返事をした。
やはり神経が集中できないようだ。
あまりに自分の傍にいる彼が完璧すぎて劣っている自分に自信がなくなってしまった。

「絶対この服いいと思うんだよね…英二が興味ないならいいんだけど」
「え、え、興味ないわけじゃないよ!た、ただ」
「ただ?」
「ふ、不二がいいって言ってくれたのはすごく嬉しいしいいなぁと思っただけ…」

姿見の前でもう一度当ててみると確かにそれは英二が好みそうな服で、今のパンツと併せてもよかった。
不二もいいと言ってくれたので時間と金銭的に余裕があれば是非とも手にしたいと思った。
その後男性店員に残り一着なんですよ、と強く勧められたが結局お断りをした。

「あの店員さんもなかなか引かなかったよね」
「ああいうときってどうしたらいいか俺わかんないんだよねー」
「服屋は即決で買う人はいないから気にしなくても大丈夫だって姉さんが言ってたよ」
「んー、確かにそうかも」

といってもなかなか切り抜けるのも難しかったりする。
自分達のような中学生が冷やかしで来るのが悪いとは思いつつも、こうして不二と一緒に出かけられるのは何よりも嬉しかったのだ。
もしまたこの店に来た時にあの服が残っていたら兄達に買ってもらおうかと英二は考えた。
今回兄のお使いに行ったのだからそのくらい弟として頼んでも文句はないだろうと思った。

「(兄ちゃんに頼んでみよっと)」

店を出た二人はまだ降り注ぐ暑い日差しに顔をしかめた。
まだ秋というにはまだ早いようだった。
朝の気温はちょうどよかったのに昼間になると暑かった。
おそらく秋の月だからこれから夕方夜にかけて冷え込むのだろう。
上着くらい用意してきてもよかったかもしれない。
そもそも今日はいつまで出かけているかもわからない。
だから用意してこなかったというのもある。
今日はいつまで…

何時まで不二と一緒にいられるだろうか──

「英二。ちょっと休憩しようよ。人混みの中にいるのは疲れるよね」
「そーだね。どうする?」
「どこか入りたいところある?」
「んー…」

不二はまた気を遣っているのかもしれない。
なんだか申し訳なく思ってしまう。
英二はきょろきょろと辺りを見渡していい店はないかと探す。
あった。

「不二ってさ、甘いもの平気?」
「もちろん」
「じゃあさ、クレープでも食べようよ。休日になると毎回行列ができててさ」
「あぁ、あの店だね」

二人は既に行列ができているクレープ屋に向かった。