そこは小さな店であったが雑誌でも紹介されていて若者の間で評判になっている話題の店である。
毎回チャレンジしてみようと英二は思っていたのだが、その当時はオープンしたばかりで人の行列が道路にはみ出てしまうほどの人気ぶりだった。
そのときは時間を費やしてしまうのが惜しくて断念したのだ。
さすがにあれから数ヶ月が経ち、爆発的な人気は落ち着いたものの未だ行列ができているのは人気が衰えていない証拠でもあるのだろう。
並ぶけど大丈夫かとあらかじめ英二は不二に尋ねた。
待つ時間も楽しいし、英二とたくさん話ができるから嬉しいと不二に素直に言われたため、英二はまたしても顔を赤らめた。
待ち時間の間に不二はおかしな話を始めた。

「たとえばね、こういう場所にそぐわない人とかを想像してしまうんだ。僕は一番に手塚を考えたよ」
「ぷっ!不二ってば酷い〜手塚だってクレープくらい食べるよ」
「笑った英二だって酷いと思うよ?でもさ、手塚って甘いもの食べるイメージがないんだよ。洋菓子とか」
「そうかな〜。まぁ好物はうな茶だって言ってたけど」
「そこからして渋いよね。だからさ、イチゴいっぱいの生クリームたっぷりなクレープを頬張っている手塚とかがいたら…たぶん僕はそれを手塚だとは認めない」
「何だよそれー。じゃあこの中に手塚がいたらどうするんだよ?」

ふざけて英二は周囲を見渡す。
当然いるわけない。
こんな休日はおそらく図書館に勉強しに行っているのではないだろうか。
しかし動体視力のよい英二はそこにいるはずのないものを見てしまった。
目を擦り幻覚でも見てしまったかと思ったがやはり見間違いはない。

「噂をすれば影…ってマジだ、不二」
「え?何」
「手塚…いるよ。しかも超美人な女の人と」
「えぇ!!?」

思わず大きな声を出してしまった不二。
すぐに慌てて口を押さえるが既に遅し。
手塚の隣にいた女性はこちらを振り返ったが手塚はこちらに気付かないのか気にしないのか振り返りはしなかった。

「不二、注文終わったらひっそりあのベンチの近く行ってみようよ」
「そんな…でも向こうもデート中なら迷惑かけるよ」
「そこまで近付かなきゃいいだろ?これは同じテニス部元部員としては放っておけないでしょー」

やけに英二は乗り気だった。
きっと一番そういうものに関心のなさそうな者が女性と一緒にいるのだから気になって仕方ないのも頷けるけれども。
並んでいる間はずっと手塚の方ばかり気になってしまい、二人は待ち時間を苦にしなかった。
順番が来たところで不二は林檎と桃のアイスクレープ、英二は定番のバナナチョコクレープを頼んだ。
ベンチはいくつか空いていたので比較的手塚達がいる場所に近いベンチに座ることにした。

「あの二人どんな関係なんだろ」
「恋人同士かな」
「手塚って大人みたいだもんな」
「すごいね。大人の女性をエスコートする15歳」
「あっ、手塚ってば口の端にクリーム付けてるよ!」
「それをあの女の人が指で掬ったね…これは普通の関係じゃないと僕は思う」

そして不二の意見は見事的中した。
手塚の頬に女性はキスをしたのだ。
さすがにこれはただ事ではない…と思ったのか英二は手塚のところへ走っていく。
不二のストップも聞かずに。

「英二!あー…」
「て、てづかー!」
「な、なんだ?!お、お前…菊丸じゃないか。大きな声で叫ぶな!」
「あら、クニミツのお友達?」

さらには下の名前で呼ぶ始末。
どう考えてもこれはただならぬ関係である。
英二は確信した。

「手塚ってばいつから彼女作ってたんだよー!」
「ば、ばかを言うな!この方は彼女では…」
「クニミツってば私を彼女と紹介したの?ふふ、私は彼のガールフレンドではなくてよ」

馴れ馴れしく呼ぶのはやはり彼女じゃないのかと英二は疑問に思ったが、実はこの女性は手塚がドイツに治療しに行ったときに出会ったトレーナーの一人であると言った。
英二は酷く落胆した。

「なーんだ、彼女じゃなかったのかぁ」
「お前というやつは一体何を勘違いしているんだ…」
「ふふ…英二の勘違いだったようだね。挨拶遅れたけど、こんにちは手塚」
「不二…お前もいたのか。お前がついてながら何故こんなマネを菊丸にさせるんだ。彼女が驚くだろう」
「僕の制止も聞かずに行っちゃったんだもん。僕のせいじゃないよ」

そして彼女から正式に自己紹介をしてもらい、二人も名乗って挨拶をした。
早とちりして勘違いをしたことを詫びた英二は早速女性に気に入られたようだった。

「私ももうすぐ日本を離れなきゃだからいつまでも居られないのだけれど…最後にクニミツに会っておきたくてね」
「ドイツにまた戻っちゃうんですね」

一通り会話を終えて不二と英二は元のベンチに戻った。
不二は食べ損ねたアイスが溶けてしまい下部に滴っている。

「彼女だったら面白かったのにねー」
「彼女みたいなもんじゃないの?一緒に付き合わされてるようなものじゃない」
「手塚恥ずかしそうにしてたしね」
「手塚みたいに大人っぽいと対応もしやすいんだろうなぁ。あぁ…せっかくのアイスがどろどろ」

垂れてしまったアイスをぺろりと不二は舐めている。
英二はその不二の姿に酷く心を乱された。

「(俺の心臓沈まれー!!ってかどうして不二ってこんなに…)」
「英二の生クリームも溶け始めてるよ」
「え?!うわーっ」

バタバタしながらも甘いクレープを二人は堪能した。
英二にとって甘いのはクレープだけではなかったけれど…。





「今日はたくさんの人に会ったね」

と不二は今回のデートについて結論を出した。
結局二人きりになることもなく(街中では難しいのはわかっていたが)最後もドタバタしてしまって落ち着かなかった。
なんとなく英二にとっては不完全燃焼であったらしい。

「英二、まだ時間大丈夫?」
「うん、俺はいつでも大丈夫だよ」
「そっか。せっかくだからこれから僕の家においでよ」
「え!いいの?」
「うん。夕食がね、今日僕一人で食べなきゃなんだ。家族皆帰って来なくてさ。もし英二がよければ一緒に…どう?」

なんて嬉しいお誘いだろう。
英二のテンションは何重にも高くなり、胸の踊る思いだった。
もちろん英二は頷いて答えた。

「街もいいけど家が一番落ち着くんだよね」
「やだー不二ってば年寄りくさいよ」
「失礼だな、英二だってそう思ったんじゃないの?」
「まぁね」

それでも外へ出かけるという行為にやはり意味があるのだと英二は思った。
たとえショッピングをしなくても人混みに揉まれても二人きりになれなくても…こうして出かけられたのはすごく嬉しかったのだ。
すると不二はさりげなく手を繋いできた。

「でもその前にちょっとここに寄りたいんだよね」

不二が向かったのはゲーセンのとあるコーナーだった。