不二が向かった先はゲーセンのプリクラがあるコーナーだった。
奥に設置されているのは女性専用と書かれていたので使うことはできなかったが、手前にあるのは男同士でも使えるようになっている。
自分達と近い年齢の子達が4、5人のグループとなって中に入っていくのが見えた。

「一緒に撮るのは初めてだよね」
「そだね。不二は誰かと撮ったことないの?」
「ないよ。いつだったか一人で撮らされたことはあったけどね。勝手に編集されててさ、ラクガキもcoolとか恥ずかしいセリフ書かれたんだ」
「あぁ!あったよね〜、俺覚えてるよ。不二は芝さんの頼みだから仕方なくって割り切ってたけどやっぱ嫌だったんだ?」
「そりゃあ嫌に決まってるさ。一人で撮らされたことも嫌だったけど、おかしなラクガキされたことの方がもっと恥ずかしかったよ」

グッズ企画だったか月刊プロテニスでの抽選商品に登用されることが稀にあり、たまに不二はこうして愚痴を溢す。
そんな愚痴を聞くパートナーになれたことを英二は誇らしく思えた。
かく言う自分はそのようなグッズの発売に最近は関わることが減り、少し不満を漏らしたこともあったがそのことについては英二は黙っていた。

暫くして順番が回ってきたので二人は中へと入る。
今までは興味がなかったが、こうして不二と一緒に撮ることができて英二は嬉しかった。
機械の中は熱が充満していてやけに暑かった。
おそらく照明のせいかと思われる。
確かにこれだけ光が強ければ美白でもなんでも誤魔化し放題だと一人納得した。
撮り終えるとやはり自分達の顔はかなり修正されているようで、やたら目が大きかったり色白になっている。
不二は元々白いからかなり真っ白に写ってしまっている。

「あはは、別人だー」
「これは詐欺って言われても仕方ないね。僕達こんな顔だったっけ?」
「化粧してるみたい」
「…これは他の人達には見せられないな」

出来上がったプリクラを半分に分けてもう一度出来栄えを見た。
英二の瞳はキラキラとしていて自分でも思わずぞっとしてしまった。

「あーこれは恥ずかしい」
「でも記念の初プリクラだよ。僕は大事に飾らせてもらうよ」
「う。俺だって大事にするもんね!」
「英二ってば顔真っ赤」
「〜〜〜!!からかうなよぉ!もう!!」

最初はデートらしくなかったけれど、最後に飛びきりのイイコトもできてよかった。
最後のショットはキスした状態で撮影したのだ。
これは誰にも言えない、見せられない二人だけの秘密である。
見られていないはずなのに撮影機から出た後、英二はやけに恥ずかしくなってしまい、つい周囲をきょろきょろと見回してしまう。
今日は様々な人と出会っているのでここで誰かと出くわしても不思議ではない。
だがその心配は無用だったようだ。

「さて、少し日も暮れてきたみたいだし帰ろうか」
「うん!」





不二の家に着き、英二はお邪魔しますと一言加えて上がらせてもらった。
不二の言ったとおり、家には誰もいなかった。
たまに不二の家に上がらせてもらったことは今まで何度かあったが、付き合い始めてからは回数が減った。
それは自分が意識しすぎていたというのもあったのかもしれない。
まだ一線を越えていないこともあるせいか自ら誘いを断ることもあった。

「(こんなテンパっちゃうのは俺だけなのかな?…)」
「英二、ちょっとここでくつろいでて」
「あ、ありがと」

いつもはすぐ不二の部屋に案内してくれていたが、今日は家族がいないせいかリビングに通された。
不二の家らしく綺麗に整頓されている部屋は掃除も隅々まで行き届いていて綺麗だった。

「(ウチみたいにゴチャゴチャしてないし、ホントに不二が羨ましいや)」

不二が勧めてくれた麦茶で喉の渇きを潤し、付けられたTVを見ていた。
気付けばもう夕方の刻を過ぎ、夜になろうとしている。
英二にとってはまだやっと午後になったような気がしていたのに時間が過ぎてしまうのは早いと思った。
楽しいひとときはあっという間なのだ。

「(デート楽しかったな…また行きたいな)」

冷たい氷がカランと音を立て、結露で濡らされたグラスから水滴が零れ落ちた。
冷えた麦茶がすごく美味しく感じた。
不二は何をしているのか気になり英二は声をかけた。

「不二ー、いま何してるの?」
「うん、下ごしらえ」
「あ!不二…!」

不二はスタイリッシュな紺青のエプロンを身に着けていた。
男のエプロン姿はまた違ったときめきを感じさせてくれる。
そしてこんな姿を拝めるのも自分だけの特権なのだ。
…とつい見惚れていた英二だったが、不二の行動にやや不信感を抱いた。
そして音も何かおかしい。
さらには焦げ臭いニオイまでしてきた。
英二はなんとなく不安になり、そろりと不二の側まで歩み寄る。
するとフライパンを早速焦がしており、炒めていたのであろう野菜は炭になっていた。

「お前、えらく派手にやったのな」
「え?」
「え?じゃないよ、仕方ないなー。俺に任せてちょ」

不二と場所を交代して英二はキッチンに立った。
まずは焦がした野菜を廃棄してフライパンを洗う。
焦がした調理器具を洗うのはまた面倒でもある。
これがまたなかなか落ちないのだ。
それでもやかんでお湯を沸かした際に水がなくなるまで放置してしまった経験のあった英二にはお安いご用で、必死に磨いて焦げた部分を元通りにすることができた。
不二は英二の様子を黙って見つめていた。

「今日の晩飯は何作るつもりだったの?」
「…カレー」
「じゃあさ、フライパンじゃなくて鍋でよくね?わざわざこんなの使わなくても」
「うん…」
「落ち込むなって。俺、慣れてるから作ってあげるよ。不二は配膳だけ手伝って?」
「いいのかい?じゃあお言葉に甘えようかな…」

不二が料理下手なのは実は付き合う前から知っていた。
いつだったかの調理実習の話である。
たまたま調理実習班が不二と一緒になった英二。
男女混合の班だったので女子が主に行動をしていたが、英二の手際の良さに女子達は飛びつくように見惚れていた。
しかし何を勘違いしたのか、女子達は英二が料理上手ならば同じテニス部の不二も料理が上手であろうと思ったらしい。
そこで一人の女子が不二に野菜炒めを作るようお願いしたのである。
英二はまだそのとき不二の料理下手には気付かなかったので、横目にただ見守っていただけだった。
その野菜炒めは十分に加熱されておらず、そのくせ端は焦げ付いていたのだ。
すなわち火が強すぎたのである。
そのままではマズイと英二は炒め直したので食べられるものになったが、英二はそのときふと予感がしたのだ。
“不二に調理器具を握らせてはいけない”と。
その後は極力不二に大掛かりな作業はさせないように英二は配慮していた(大掛かりというほどの作業でもないのだが)。

「英二って本当に料理上手だよね。僕がやるとどうして失敗しちゃうのかな」
「俺は慣れの問題だと思ってるよ。俺の家は当番で皆が作らないとダメなルールがあるからさ。落ち込むなよ、不二だって練習すれば上手にできる。だったらさ、俺の横で見てなよ」
「そうだね。見学する」

こういうときの不二はやけに可愛い。
世の人々は不二を天才扱いするが全くもってそうではない。
この料理下手なところはある意味天才的なのかもしれないけれど、できないことを隠さず認める不二が英二は好きだった。
そして何より好きな人のために作る料理は普段作るものとは気合いの入り方が違う。
待ってろ不二、美味しいもの作ってやるからなと英二は調味料の棚を見た。

「うん、ルゥで作ると同じ味だから今日は菊丸特製カレーライスにするよん」
「まさか香辛料から?」
「そうそう、って言ってもそんな都合よくいろんなものは揃わないからね。カレー粉だけど」

小麦粉でとろみをつけたりして手間はかかったが確実にルゥのカレーよりはこだわった味になっていて欲しい。
というか自分が特別に不二にだけ美味しいものを食べさせたいという気持ちが強い。
どこにでもあるような味だけで満足させたくなかったのだ。
時間はかかったもののカレーは上手く出来上がった。

「すごいね、英二。本格的」
「って言っても大したことないよ?ホントはもっといろんなの入れてみたかったけど…今度それはウチに遊びにきたときに披露してあげる」
「英二を奥さんにしたいよ」
「今から?」
「うん」
「不二が旦那さんならいくらでも作ってあげるよ」

英二の頭には新婚生活という文字が浮かび上がった。
不二の帰りを待って、おかえりなさいとハグをして、美味しい手料理を御馳走する。
それは夢のような話であると英二は思った。
ぐつぐつといい音を立てていたので火を止めて、少し放置しておこうと英二はキッチンから離れて元いた場所へと戻った。

「まだお腹いっぱいだし、時間経ってから食べれば食材も柔らかくなって美味しくなってるよ」
「そうだね。あぁやっぱり英二を呼んでよかった」
「本当だよ。あんな状態じゃ消防車駆けつけてくるよ」
「僕そこまで焦がしてないよ?!」
「あはは、ジョーダンだよ」