翌日。
不二のグラウンドでの土下座は噂になったものの、自然と生徒らの話題は別なものに移り変わり気にする必要もなくなっていった。
英二は最後まで気にしていたが不二の方はなんとも思っていない様子だった。
結局二人は仲直りをし、また越前からももう二人には恋愛ごととしてはかかわるつもりはないと話し、以前のような関係に戻った。
若干まだ越前の方は吹っ切れていないようだったが時間の経過とともに解決されたようだった。
そして10月。
青学テニス部は再び活動を再開することになった。
U-17合宿。
今度は遠征となるから自宅にも学校にもしばらく戻るわけにはいかなくなる。
そこで不二はあるものを英二に渡そうとしていた。
これはかなり前に購入していたもので、彼の誕生日が来たらあげようと思っていた。
しかし合宿のスケジュールを見るとどうも英二の誕生日と重なってしまう。
合宿が始まってしまえば私服を着ることもなくなるし、ましてやデートなんてできなくなってしまう。
少々早めではあるが合宿が始まる前に不二は誕生日プレゼントをあげてしまおうと考えていた。
「ふじー、俺に渡したいものって何?」
英二を不二の自宅に呼んだこの日。
明日は合宿前に一度集まっておこうと青学テニス部で交流会がある。
そこで是非着てもらおうと不二は考えていた。
早速包みを英二に渡すと英二は朗らかな笑顔を浮かべた。
「それね、英二の誕生日に渡そうと思ってたんだけど」
「誕生日プレゼントか〜!ありがと!確かに俺の誕生日合宿とかぶっちゃってるもんね〜」
「うん。それにね…そのプレゼントは合宿中に渡すより今渡した方がいいと思ったんだ」
「箱の中身はなんだろにゃっと…え!!!」
英二は箱を開けて驚いていた。
以前デートした際に入ったアパレルショップのお目当てだった洋服だった。
あのときはお金がなかったり、姉に買ってもらおうとしたときには既に誰かに購入されていて売り切れだった、あの服だ。
「うっそー!!マジぃ?!不二…これ…」
「お気に召してくれたかな?」
「あったりまえじゃん…てかいいの?高かったんじゃない?」
「英二しか着ることができない服だよ、これは」
不二は服を手に取り英二の手前で当ててみせるとやっぱり似合うよと微笑みながら英二に言った。
不二の笑顔に釣られてつい英二もにこやかになりつつも、決して安易に買えるような服ではないことは確かだ。
おそらく不二もかなり奮発したにちがいない。
「不二…嬉しいけどもらえないよ…」
「何言ってるの。僕は英二に着て欲しいからあげたんだよ。それをね、明日着てきて欲しいんだ」
「それはいいけど…でもなんだか申し訳ないよ」
英二が遠慮がちに言うも僕があげたいと思ったんだからいいのと強気で押し、英二はその服をありがたくいただくことにした。
そして翌日。
青学レギュラーで集い交流会を行うことになっている。
早速英二は昨日不二からもらった服を着て出かけた。
やはり英二は着こなしが上手なのか、9人の中でも一番おしゃれであった。
不二はそのスタイルを見て感激していた。
「やっぱり英二似合う!よかった…着てくれて」
「ん〜まぁね!でもホントは不二と二人きりのときに着たかったな〜」
「僕も本当はそう思っていたんだ。でも仕方ないよね…明日からもう合宿が始まってしまうんだもの」
気付けばもう合宿まで残すところあと1日であった。
この最後の日は青学レギュラーで遊ぶことになっていたが、こうして和む日が送れるのは今日までなのかもしれない──
と思いながらもメンバーは一日楽しむことにした。
「英二…合宿中も…よろしくね」
「もちっ!」
二人は手を繋いで歩いて行った。
「…見せつけてくれますよね、あの二人」
「なんだ越前。あの二人がどうかしたのか?」
「手塚ぶちょ…あ、もう部長じゃないんだっけ」
越前は手塚の方を見ながら頭をかき乱し、なかなか言い方を変えるのは慣れないもんすねと言った。
越前は以前のように振る舞い、後腐れもなく参加していた。
手塚がどこか遠くを眺めているので何を見ているのだろうと越前は気になった。
「このあとカラオケ行く予定でしたっけ。こうして遊ぶのも今日で最後っすかね」
「……」
「なんすか、手塚元部長。何か言いたそうですけど」
「いや…」
「何もないならいいけど。また前みたくドイツに行くとか急に言わないで下さいね」
越前の言葉に手塚は肩をぴくりと動かした。
その様子は越前の目にもしっかりと焼きついた。
遠くから桃城が越前を呼び出し、カラオケ行く前に何か食いたいと叫んできた。
いつも腹が減りっぱなしの桃先輩にはついていけないと越前が言う。
すると越前の隣にいた手塚が恥ずかしそうに小さな声でぼそりと呟いた。
「…あの角を曲がったところに美味しいクレープ屋がある」
「…え?ぶちょ…クレープなんて食べるんすか?」
「…おかしいか?」
「いえ…別に」
カラオケではガヤガヤと盛り上がり桃城と海堂が同じ曲を入れてしまったために喧嘩が勃発する中、不二と英二は一緒に歌本を見ていた。
最新の曲も配信されておりどの曲を歌おうか悩んでいると不二はあったと小声で言葉を漏らし、曲を予約する。
英二は何の曲かわからなかったので歌のタイトルを見るとあっと言いながら手を叩いた。
「これ!不二がショップで聞いてたやつぅ?!」
「うん。歌番組見て覚えてきたよ」
「マジで歌うの?!」
「歌っちゃダメなの?」
「ううん、そんなことない!」
だったら俺ハモる!と名乗り出し、今絶賛大人気の女性アイドルグループの歌を不二と一緒に歌った。
不二の選曲に一同驚いたものの英二が一緒に歌うのなら納得というような雰囲気を醸し出していたことに不二は不満を持った。
歌は完璧にマスターしており歌い終えると拍手喝采だった。
ふとグラスを見て飲み物が空になっていたので不二は英二も一緒に連れ出してドリンクバーへと向かった。
「あーっ!楽しいけどやっぱ人数多いとごちゃごちゃするね」
「そう思って抜け出したんだよ。よかった、英二も同じこと考えてくれてて」
「ん〜…大人数で遊ぶのは楽しいけどね。でも」
不二とも二人きりになりたいよね、と英二は話した。
不二はその英二の笑みを見て嬉しくなり誰もフロアにいないのをいいことに英二にぎゅっと抱きついた。
英二は慌てて離せと言ったが、たとえ誰かに見られても気にしないと言って英二を抱きしめ続けている。
やっと離れたかと思うと今度は呑気にグラスにソーダを注いでいた。
自由奔放な不二に英二はため息をついた。
「なぁに、英二。何か言いたそうじゃない」
「べーつに!なんでもないよーだ」
英二はオレンジジュースを注ごうとしたが、唐突にやめて不二と同じソーダを注いだ。
不二は珍しいねと言うとたまには違うものも飲みたくなると英二は言った。
「素直じゃないなー。僕と同じにしたかっただけでしょ?」
「自惚れんなよ!違うっつーの!」
確かによく見ると英二のグラスはやや濁ったソーダになっている。
どうやらオレンジジュースを少し入れた後にソーダを入れたらしい。
飲み物を混ぜるなどそんな発想すらなかった不二は英二に呆れた。
行儀悪く英二は立ったままストローに口をつけて飲み物を一口飲んだ。
「なんだよー。意外に美味しいんだぞ?不二も飲んでみればいいじゃん」
「…じゃあいただこうかな」
グラスをほいっと出した英二の手には目もくれず、不二は引き寄せるように英二の唇にキスをした。
舌を絡めとるようないやらしいキスに英二は呼吸が苦しくなって息を切らす。
「ん…ごちそうさま。うーん、僕はやっぱり普通のソーダがいいや」
「なっ…!!」
「なに?英二。キスなんて今に始まったことじゃないだろ?そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない」
「お前なぁっ…!!!」
顔を真っ赤にする英二に不二はクスクスと笑う。
そのソーダは甘すぎる炭酸の味がした。
