「ち、違うんだ…!英二…これは…!!」

不二の弁明はただの言い訳にしか聞こえないような気がした。
ついさっきまでお互いを信じあおうと約束していたことを思い出していたばかりなのに。
英二は頭を鈍器で殴られたような気分になった。
今、自分が見えている光景は越前が不二を押し倒すような様子だった。
だが英二が大石と話していた時間はかなり長かったように思う。
その間この二人はこの誰もいない保健室で一体何をしていたのだろう。
そう考えると胸が苦しくなってくる。
英二はいつの間にか涙を流していた。
その場を走って去り英二は外まで逃げ出していた。





不二が追いかけようとするといいの?と越前が声をかける。
ひらひらと見せつけるそれは携帯電話だった。
携帯電話の画面には先ほどいちゃついていたときの不二と英二の姿が写っている。
二人は盗撮されていたことにまったく気付いていなかったのだ。
隣のカーテンの先に越前がいたことにも──

「言っておきますけど俺は偶然そこにいただけですからね。あんたたちがここに一緒にいてなおかついちゃつくかどうかなんて…乾先輩にだって聞いても確率は低いって言われるだろうし」
「…何が言いたいの?」
「つまり俺はたまたま居合わせてたってだけ。仕組んだわけでもなんでもない。あんたたちが悪いってこと。そもそもここに居合わせたのが俺でむしろラッキーだったんじゃないっすか。他の生徒だったら大変なことになってましたよ」

越前はしてやったりという顔をし、その画面を今もなお見せつけてくる。

「それにしても…すごい写真…。夢中になると人間まったく気付かないもんなんすね」
「そんな写真を使っても…脅しにならないよ」
「じゃあ不二先輩はこれが全校生徒に見られてもいいんすか」

まじまじと画面を見てにやつく越前に不二は腹を立てた。
汚いやり方だと思いつつ、越前の言う通り確かに居合わせたのは偶然なのだろうとも思う。
運が悪かったと思うしかない。
注意力が足りなかった自分達も悪い。

「で?どうするんすか…英二先輩を追いかけるならこれ…バラしますよ」
「君の望み通りにしたからって絶対にバラさないという確証はない」
「…疑い深いんすね。俺は不二先輩が欲しいだけ。俺の側にいてくれるならこの写真はちゃんと消しますよ」

不二は相手に屈することはなかった。
人間弱みを握られてしまえば最後まで追いつめられることになる。
キリがないことは知っている。
それに全校生徒にバラすと言っても本当に越前がバラすとは思えなかった。
そんなことをすれば不二や英二だけの問題ではなくなってしまう。
越前はハッタリを言っているだけだ。
不二は確信を持ち越前に言う。

「やりたきゃ好きにすればいいよ。僕はどんな脅しにだって屈しないから」

不二はそう言い捨てると保健室を出て行った。
残された越前は舌打ちをした。

「ちっ…にゃろう…」





不二は英二を探した。
どこに向かったのかわからないので行き当たりばったりで探している。
すると赤毛の外ハネヘアーが少し見えた。
グラウンドの隅に体育座りをしている。
英二の視線の先には現役の部員達が懸命に練習に励んでいた。
放課後によく見られる日常的な光景だった。
不二は静かに英二に近付き様子を窺った。
しかし英二は不二が側まで寄っても気にも留めない様子でいた。
不二はおそるおそる声をかけた。

「英二、あれは越前が一方的なだけだったんだ」
「……」
「英二…」
「……」

まるで人形のように目は死んだまま動かない。
視界に何も映っていないのではないかと思ってしまう程まばたきもしないので不二は決意を新たにした。
不二は地面に膝を付いた。

そのとき練習中だった現役の部員達が一斉に不二の方へと視線をやった。
皆練習の手を止めひそひそと話をし始めた。
あれってテニス部の不二君じゃないの?と話す声も聞こえた。
英二はそこで初めて意識を取り戻したかのようにふと我に返った。
運動部員ら全員が自分の方を見ている。
いや、違う。
英二を見ているのではなく不二を見ているのだ。
土下座をした…不二を。

「ふじー?!なに、なにしてんの?!!!」

慌てて英二は立ち上がり不二の頭を上げさせようとするが、まったく力を入れてもびくともしない不二の頭はずっと地面にこすり合わせたまま動かずにいた。
何あれー?と騒ぎ立てる運動部員達に英二はキッと睨んだ。
そこで見てはいけないものであると認識した彼らは何事もなかったかのように練習に戻りつつも、チラチラとこちらを気にする様子は隠せないようだった。
英二はやめてと叫び、そこでやっと不二は顔を上げた。
不二の額だけでなく鼻や頬にも土が付いていた。
ここまでするなんて──と思いながら英二はとりあえず場所を移そうと校舎裏へと回った。

「どうしてこんなことしたんだよ?!皆見てたよ?!」
「……」
「俺…確かに…不二のこと信用できないってあのときは思ったよ…でも…もうわかったよ…不二は悪くないって」

不二はそっと顔を上げると涙目になっている英二がそこにいた。
そして携帯を出しメール画面を不二に見せた。
そこには越前からのメールの文章があり、全ては自分が不二を脅し自分のものにしようとした旨が書かれていた。
受信時間を見ると不二が保健室を出て行ったすぐの時間だった。

「俺…不二のこと信じなかったのが悪いって思って…どうしたらいいかわかんなくて…」
「…それであそこにいたんだね」
「不二…ごめん…何も聞かずに出て行って…話も聞かないで…」
「いいんだ…英二がわかってくれれば…それでいいんだ」
「でも!不二に恥かかせちゃったよ!これからいろんな人に何か噂されちゃうよ!」
「大丈夫だよ英二。僕はそこまで弱くない」

たとえ何か言われても気にするような性格じゃないと不二は言った。
土下座をしたことはなんとも思っていなかったようで、とにかく英二に嫌われたくない一心でやったことだと説明をした。
にっこり微笑むと英二の頭を撫でて静かに優しく不二は言った。

「僕は…君がいてくれるだけで幸せなんだ」