首筋に咲かせた赤い花が増えたのはその日の夕方。
練習は既に終わっていた。
メンバーが夕食を取ろうとして食堂に集まっていた。
英二は休憩を取るつもりが不二と二人きりになったことでかえって疲労を溜める羽目になってしまった。
不二はその後も何度も謝っていたが英二は不二との関係が周囲にバレる方が怖くてそれ以上は何も言うなと不二に釘を刺していた。

あまり一緒にはいない方がいいだろうと英二は不二から離れると早速大石に声をかけられた。
彼は何も知らないのだと改めて思うと英二の良心がズキズキと痛むのを感じた。
爽やかな笑顔で接する大石は何の疑いもないままに英二に話しかけた。

「さすがここの合宿は豪勢だよなぁ…俺達は泥まみれになりながら特訓に励んでいたのに。ホント羨ましいよ」
「大石達は頑張ってたんだもんね、うん…」

言葉が続かなかった。
ただでさえ食事や寝場所も至れり尽くせりな状況であるのにさらに自分は恋人が汗水垂らして努力する中、浮気をしたのだ。
後ろめたい気持ちがなおいっそう深まった。
英二の様子がおかしいことに気付いたのか、大石は慌てて言い直した。

「あ、英二!俺は別に嫌味で言ったんじゃないぞ?!元々負けたのは俺らの方だし、こんなこと言う資格ないのもわかってはいるんだ」
「んにゃ?どったの大石…俺は嫌味だなんて思ってないのに〜…」

心臓が痛い。
これ以上大石と話しているのが苦痛に思えた。
自分はつくづく嘘が苦手だと思う。
夕食のパンやサラダを乗せたトレーがカタカタと動く。
手の震えが止まらなくなってしまっているのだった。
大石もその様子にすぐに気が付いた。

「英二?そういや午後は体調悪くて休んだって言ってたな?」
「う…うん…でも今は大丈夫…」
「大丈夫なんかじゃないだろ、今も小刻みに震えてるじゃないか。もしかしてかなり具合悪いのに我慢していたんじゃないのか?だったら俺が──」

「その必要はないよ」

ジャージを肩に羽織ったままの姿で現れた彼、神の子と称号を与えられた男。
さっと自分の上着を英二にかけてあげると英二の持っていた食事のトレーを大石に渡した。
慌てて心配をする大石も彼が現れると唐突に動くこともできずに何故か固まってしまう。
その様子を周囲のメンバー達も遠巻きに見ていた。
もちろんその中には不二もいる。
不二は自分が一番に駆け付けたいと思っていた。
そもそも体調をさらに悪化させた張本人でもあるのだから。
だが不二の出る幕もなく、英二を軽々と抱きあげた幸村は注目される中、視線を気にしないまま食堂を出て行った。





注目され恥ずかしくなった英二は幸村の腕の中で暴れていた。

「も、もう平気だから降ろしてよぉ!!?」
「いや、駄目だね。そう言って君は体調が悪化しているのを自覚していないのかい?」

クスッと笑いながら連れて行かれた先はさきほど不二とも交わったあの部屋だった。
何度この部屋にはお世話になるのだろうと思うほどだ。
独特の薬の匂いを放つ部屋に入りベッドに横たわらせられる英二。
もう平気だと散々言っているにもかかわらず幸村は聞こえないかのように英二の言葉には耳を傾けずにいた。

「君…不二くんのにおいがするね」
「へ…はぁ?!な、な、な、何いってんのさっ」
「…?どうしてそんなに慌てるんだい?仲がいいんだし相手のにおいが移っても特におかしいことはないだろう?」

変に疑われているのではないかと錯覚し墓穴を掘りそうになって英二は口をぱくぱくとしている。
その様子がおかしくて幸村はくすくすと笑っていた。

「クラスメートなんだろ?それに同じ学校で残っていたメンバー…君達常に一緒に行動しているのだから普通のことだろ」
「そ、そだね…」
「何か慌てなきゃいけない理由でもあるのかな?」

ここで疑われて真実が明らかにされてしまえばそれこそ終わりだ。
大石だけじゃなく今度は不二にまで迷惑をかけてしまう。
英二は必死に平常を取り繕った。
しかし内心ヒヤヒヤしていてほとんどろくに話せる状況ではなかった。

「今日は特に疲れているみたいだからゆっくり休んだ方がいいね…ん、ここのシーツ…なんだかやけに乱雑な掛け方になってるね。医務室の先生がしたのかな」
「え…っ」

やけに変に疑われているような気がする。
確かに今英二が寝ているベッドはさきほど不二と行為をしたベッドと同じだ。
シーツは汚してしまったからこっそり新しいものと交換をしていたのだが時間に余裕がなく、少し乱雑になってしまったのかもしれないという心当たりがあった。
英二はひどくビクビクしている。
幸村は英二の様子を一秒たりとも見逃さずじっくりと見つめていた。

「…探偵ごっこはこのくらいにしておいた方がよさそうだね」
「ゆき…むら?」
「あぁ、菊丸くんは何か悩みでも抱えているんじゃないかなって思っていてね。俺でよければなんでも相談に乗ってあげるよ」

今度は天使のような綺麗な瞳で英二をみつめながら優しく髪を撫でてもらった。
気持ちのいいあったかい手に英二は少し頬を赤く染めた。
一瞬だけ気持ちに緩みが現れて、今の状況を話したくなった。
話そう。
このまま自分一人で抱えていくのが苦痛だった。
英二は隠し事が特に下手なのだ。
だからさっきも幸村に問い詰められたときだって上手くかわすことはできなかった。
一刻も早くこの状況を脱したくて英二は幸村に話を始めた。





「俺…実は付き合ってる奴がいるんだ。引くかもしれないけど…」
「男だよね。しかもこの合宿に参加している」

的確に答えを掴む幸村に英二は目を見開いた。
すぐさま男であるということを理解していた。
それだけでも常識の範囲ではなかなか理解されないだろう。
にもかかわらず嫌がる様子もなく英二の悩みを受け入れる幸村に対して英二は安心しきっていた。

「幸村は俺のこと気持ち悪いとか思わないんだ…」
「そりゃあね。好きになった奴が男だろうが女だろうがそれは個人の自由だろ?それを否定的に捉える方が時代錯誤もいいところだね。俺はそう思う」

理解ある相手に英二はホッとした。
これなら相談できるかもしれない。
英二は続けて幸村に話をした。
大石と付き合っていながら、不二とも付き合うことになったこと。
どんどん話していくうちに幸村と打ち解けていくことができた。
幸村はただ英二の話をゆっくり頷きながら聞いていた。
英二はじっくり話を聞いてくれる相手に喜びを感じていた。

そう、幸村の本当の目的も知らずに…。