あれから数分が経ち、二人はコートに戻った。
何事もなかったかのように振る舞う二人に疑問を投げかける者はいなかった。
不二は戻ってきて早々、少し寝ていたら時間が過ぎていたと周囲の者に説明をしたからだ。
英二は終始下を俯いている状態だった。
幸い、自分たちの試合の出番もなく事なきを得たわけだが違和感を感じている者がいないわけではなかった。
鋭く突き刺さるような視線を感じ、不二はその注がれる視線の元を辿る。
そこにいたのは幸村精市。
「どうかしたかい?僕の顔に何かついているかな」
「…そうじゃないよ。いや、君が菊丸くんと二人で何をしていたのかなと思ってね…」
「さっき説明したとおりのことだけど?」
「寝ていたわりには菊丸くんの調子はあまりよくなさそうに見えるんだけど…俺の気のせいかな」
不二は英二の方を見た。
調子が悪いというよりも顔を赤らめたままずっと俯いている。
不二はそっと英二の側に寄り、英二の前髪を持ち上げると額をお互いに合わせ始めた。
英二は不二の行動に思わず飛び退きそうになった。
「ちょっ…!!ふじぃ?!」
「熱があるのかなって思ってね…あ、熱いなぁ。幸村、ありがとう。どうやら君の言うとおり…英二は調子がよくないみたいだ。じゃ、英二…体を休めるために少し医務室で休もうか」
不二は英二の意見も聞かずに事を進めれば、後は任せたよと幸村に言葉を残して早々に建物の中へと戻って行った。
幸村は二人の後ろ姿を見てふっと微笑んだ。
「…いつまでそうして誤魔化すつもりかな。不二くん」
英二を連れて医務室に向かった不二。
二人きりで話がしたいから、というのももちろんあったが英二の調子が悪いのは事実でもあった。
先ほどの行為で英二は熱を出してしまっていたようだった。
ベッドに寝かせて体温も計測した。
ちょうど医務室には誰もいない状況。
話をするなら今のうちだ。
「英二…体調が悪いならもっと早く言わないと」
「だ、だって…!あんなことした後だったし具合悪いなんて言えるかよ!…不二だって早く戻ろうって言ったじゃん」
「そうだったね…ごめん、僕が悪かった」
素直に謝ってくる不二に英二はもどかしさを覚えた。
先ほどの行為中は自分の意見など聞いてもくれずただ身を不二に預ける他になかった。
不二の少し頑固なところが普段とは違うギャップを感じ、英二は言葉でイヤと言っておきながらも不二との行為に何の不安要素もなかったのだ。
むしろ快感で夢中になっていた。
呆れる。
自分は大石と付き合っていながら平気でこっそりと不二に抱かれていたのだと思うと自分の身体を呪いたくなる。
大石のことが好きじゃなくなったわけではない。
だが不二のことも拒めなかった。
こんな都合のいい考えをしている自分が情けなくなってしまう。
俯いたままでいる英二にそっと不二は顔を覗き込むようにして、優しく英二の頭を撫でた。
「ごめん…まさか英二が処女だと思わなかったんだよ…」
「違う。俺女じゃねぇってば…」
「じゃあ言い直す。童貞だと思わなかったんだよ」
「もう…その話はいいって」
しばらく沈黙が続いた。
不二も、英二も、禁忌を犯してしまったのだ。
次大石に会ったらどんな顔をして会えばいいかわからない。
不二がそっと英二の方を見たとき、英二は大きな丸い目を不二に向けた。
たどたどしく小さな声で話されても不二には聞こえない。
不二はもっと英二に近付いて英二の言葉を聞き取ろうとした。
「だ、だからさ…その…ナイショにしてて欲しいんだ…さっきのこと、なかったことに──」
「そんなの無理に決まってるじゃない…僕…もう英二の身体が忘れられない…」
「でも俺は…大石と付き合ってる…っ!」
「じゃあ僕を二番目の彼氏にすればいいじゃない!!」
不二の怒声が医務室に響いた。
不二の声量にも驚いたが放った言葉の方がもっと驚いた。
なんだって?
「僕は…二番目でいい。二番目に甘んじるのは得意だからさ…ハハ」
「馬鹿なこと言うなよ!そんなこと俺したくないしっ」
「そう言いながらそれでも英二は僕に抱かれたんだよね?しかも嫌がる様子もなく。…そうだろ?」
わざと相手を挑発するような言い方を不二はした。
英二はすぐさまゴニョゴニョと言いにくそうな表情をして黙っている。
僕も人が悪い──不二はそう思った。
英二に罪の意識を持たせて自分に有利な状況を作るなんて…。
「言い過ぎたよ英二。でも僕はこれで君との関係を終えるつもりはない。大石には秘密にする。もちろん他人にだって言わない。これは君との約束だ。破るつもりはない」
「不二…ずるいよ…そんなの。俺…そんなこと言われてどうしたら…」
「英二は何も考える必要はないよ。今までどおり大石と付き合っていけばいい。たまに僕のところに顔を出してくれればいいから」
くしゃりと髪を掻き回すように不二が英二の頭を撫でるとちょうど体温計のアラームが鳴った。
微熱があるようだったので英二を少し休ませることにした。
不二は微笑んで英二の頬にキスをする。
「僕は…君の彼氏だ」

※2は裏の内容となっているため飛ぶようになっています。
前は1話目になっております。(2は飛ばしても読めるようになっています)