※手塚→不二→英二→大石の片思い話です。
 ご注意ください。





今年の十五夜は9月12日と聞いた。
そこで英二達から三年だけで集まらないかと話を持ちかけられた。
もちろん僕は快くオーケーした。

引退してからほのぼのとした日常を毎日送り続け、いまいち刺激が足りなかったのは言うまでもない。
僕がそう話すと英二も賛同してくれた。
あれだけ完全燃焼して決勝戦を終えたばかりなのだ。
物足りなく感じてしまうのは当然だった。
そこでタカさんが提案した、家で十五夜パーティーをするという意見があるらしい。
ネーミングはさておき僕はいい企画だねと答えた。
そして英二いわく、意外に手塚が乗り気だったらしいので僕は少し驚いた。
普段自分の感情を表に出さない彼に何かあったのだろうかと首を傾げたが、そもそも皆卒業に向けて、また外部受験などに向けてストレスも溜まっていたんだろう。
そう考えると不思議はない。
僕も少なからず発散させたかったみたいだ。
特に学校だけでは鬱憤も溜まっていたのだと思う。
そして少しでも英二と一緒に過ごせる時間があるなら僕は心から喜びたい。
という気持ちは英二に伝えてはいないのだけれど。





当日。
この日は平日だから皆授業を終えたら校門で待ち合わせという連絡だった。
六人とも集まったところでタカさん家に行こうかという流れになったとき、ちょうど桃城と海堂に遭遇した。
元々は三年だけで、と言っていたのだけれど食い下がられてしまったので結局部活が終わったら来るとだけ桃城は宣言をしていった。
海堂は小声ですみませんとだけ言って桃城に掴みかかって去っていった。
やっぱり彼らがいてこそ青学だと僕は思った。
それと同時に英二の側にいられなくなりそうだなと内心落ち着きがなかった。

夕暮れになってオレンジの綺麗な空が広がる中、英二は大石と並んで話をしていた。
英二から聞いた話では大石は外部受験をするそうで、青学の高等部には行かないのだそうだ。
その知らせを聞いて僕は仲間が一人離れてしまうのは悲しいねと言ったけれど英二は僕なんかとは比べ物にならないくらい動揺していた。
それはそうだ。
大石とは同調もしてしまうほどのパートナーでもあって、きっと英二の中では今後もダブルスプレイヤーとして一緒に歩むはずだったんだと思う。
だから気持ちはわからないでもない。
だけど英二の気持ちが完全に大石の方に傾いていたんだって知ったら今度は僕の方が辛くなってしまった。
やっぱり僕の気持ちは伝えなくて正解だったように思う。
気持ちを徐々に整理しようとしながら二人の背中を見ていると僕の隣に手塚が歩いてきた。
気のせいかさっき校門にいたときも僕の側にいた。
仲間なのだから不思議はないけれどなんだか改まって身構えてしまう。
僕は少しおかしいのかもしれない。

「顔色が悪いな。不二、体調でも悪いのか」
「そんなことはないよ。手塚こそ最近調子はどうなんだい?」

テニス部という共通点を除いてしまうと彼とは接する機会は滅多にない。
こうして話すのも新鮮で久々のような気がする。
そのせいもあってか話題は尽きることがなかった。
他愛のない話をして僕らはタカさんの家に着くと中へとお邪魔した。

「タカさん、いつもありがとう。お店の方は大丈夫なの?」
「月曜日だからね。お客の入りが悪いから親父が許可してくれたんだ。気を遣わなくても大丈夫だよ」

タカさんの家に来るのも打ち上げのとき以来だった。
こうしてみるときっかけがないと集まることもだんだん今後は少なくなるのかと思い始めた。
中等部を卒業したら皆どうなるのだろう。
もう会えなくなるのかもしれないと思うとなんだか切なくなる。

「親父に頼んで団子を作ってもらったんだ。夕飯の後に食べてくれよ」

タカさんはそういうとCMか何かで見たような立派な月見団子を用意してくれた。
最近はこのような風流にのっとった行事にも参加していない。
とにかく今まではテニス一筋だったから気にもかけなかった。
学生なんて時間はいっぱいあると思っていたのに気付くとあっという間に時間は過ぎていく。

二年生らが来るまで僕たちは思い出を語ったり出来上がった写真を見まわしたりして時間を過ごした。
そのときも英二は一時も大石の側を離れなかったのが印象に残った。
僕はもう少し英二と話をしたかったけれど、同じクラスではない彼らがせっかく話しているところを邪魔もしたくなかった。
それに僕はまた明日同じ教室で英二と授業を受けるのだからいつでも話す機会はあるだろうと考えていた。

日が暮れて部活を終えた桃城と海堂、そして越前もやってきた。
どうやら打ち上げの続きだと彼らは認識しているらしい。
人数は多い方が楽しいということで大勢で楽しむことになった。
ますます英二と離れてしまったけれど近くには相変わらず手塚がいた。

乾杯の音頭を新部長である海堂が取り、夕食を御馳走になった。
賑やかな中、静かに時間を過ごしていた僕に手塚が話しかけてきた。
酔っているわけでもないのに(中学生に対してこの表現もおかしいのだけれど、手塚はお酒を嗜んでいても違和感がないように僕は思っていた)普段の手塚らしくなかったので僕は思わず聞いてしまった。

「気を悪くしたなら謝る…すまない」
「なんで君が謝るんだい?謝られるようなこと僕はしてないよ」

こういうときに誰かが話題を振るなり、介入でもしてくれたら空気も変わるのだけれどタイミングが悪いのか誰も僕の側には来なかった。
英二はずっと大石の隣にいたままだった。
なんとなくこの構図が何を意味しているのか雰囲気で僕は悟ってしまった。
団子を食べる前に一度外に出ようとタカさんが言ってくれたのでそれを機に僕は手塚と距離を置いてタカさんの側に寄った。

綺麗な満月は僕らを温かく見守るように空にぽっかりと浮かんでいた。
黄色とも白ともいえない絶妙な月の色は僕の頭の中の入り乱れた思考を整理するのに十分な要素となった。

手塚は僕が好きで、僕は英二が好きで、英二は大石が好きなんだ。

店に戻って温かいお茶と団子をいただいた。
もちもちの団子はタカさんのお父さんが作ってくれたものらしくとても美味しかった。
その後お父さんはまたもや手塚を引率の教師と勘違いしたらしく、熱燗を振舞いそうになって慌ててタカさんが止めた。
皆笑っていたけれど僕はあまり笑える状況ではなくていつもの笑顔で誤魔化した。
一瞬手塚に見られたような気がした。

お開きになって最後、声をかけてきたのは手塚だった。
途中から露骨に避けるような行動をしたから僕を不審に思ったのかもしれない。

「不二、別れるところまで一緒に帰らないか」
「…いいよ」
「じゃ!先輩方お先失礼するっス!タカさーん!御馳走さまでしたー!!」
「…ったく声がでけぇんだよバカが。今は夜の時間だってのがわかんねぇのか」
「なんだとーマムシ!」

また恒例の喧嘩が始まる前に大石が止めに入り、英二は一緒に帰ろうと大石に言って二人は帰っていく。
桃城も越前を乗せて自転車で帰り、海堂も帰っていった。

「じゃ、また明日!」
「あぁ、今度は団子のいいデータが取れたから乾特製団子なんてのもいいな…」

怪しげな笑みを浮かべて乾も帰り、タカさんは苦笑いしながら僕らを見送ってくれた。
残された僕と手塚は二人で途中のバス停まで一緒に歩いた。

「不二、お前にどうしても話したいことがあった」
「うん」
「だがお前はおそらく首を縦に振ることはない。俺は答えを知っている」
「え?手塚…どういう…」
「俺はまた──ドイツに行こうと思う」

夜中なのに飛行機が上空を飛んだような音がした。
きっと僕の気のせいだけれど手塚が突然ドイツだなんて言うからきっと脳内で音が再生されたのだろう。

「君は…いいテニスプレイヤーになると思うよ」
「俺はそんなことを聞きたいわけじゃない」
「なに…?」
「一緒に来ないか」

これは彼なりの告白なんだろうか。
それとも深い意味はなくてただ僕を誘っているだけなんだろうか。
さっき飲み込んだはずの団子が喉の奥に引っ掛かってるような気がした。

「行かないよ」
「即答だな…お前らしい」
「当たり前でしょ。僕は君と違う。誘う相手を間違えてると思うよ」

たとえば越前とかさ、と言いかけたとき背中から抱き締められる感触を得た。
頭が真っ白になりそうだった。
大人しくて心中を行動で示さない彼がこうして僕を包んだことが現実に思えない。
でも僕は夢を見ているわけでもない。

「…何してるの手塚。こんなところ誰かに見られたらただじゃ済まされないよ」
「わかっている」
「わかってないよ…君は」

自分勝手だ、と僕は言った。
俺もそう思うと手塚は言った。
手塚も僕の心中を察しての行動だったんだ。
だけど相手に期待をさせるような言動は罪だと思ったから。
だから僕はあえて手塚を突き放した。

「僕には荷が重いよ…」
「…そうか」
「手塚」
「なんだ」
「プロになれることを祈ってるよ」

それだけ伝えて僕は走り去った。
これ以上手塚の側にはいられない。
逃げ出す自分と泣いている自分に僕は腹を立てた。
上手い言い方も思いつかない僕は愚かだと思った。
ふと空を見上げて、こんな夜でも月はずっと眩しく僕を見つめているようだった。


おまけ