僕と会っても最近英二は笑ってくれない。
前はあんなに楽しそうにしていたのに。
奥さんが車に飛び込んだ話を聞いた日から英二は疲れた顔しかしていない。







「英二…悩みがあるなら僕に言って欲しい。それとも…僕は頼りないかな」

「そんなこと…!ないよ…。俺…おれ…どうしたらいいかっ…わかんなくて…!!」






英二は泣いてしまった。
相当悩んでいたに違いない。
僕は英二を抱き締めた。
僕の胸はびしょびしょになってしまった。






「ふじ…っ…ごめ…」

「構わないよ。話せる範囲でいいから…話してごらん」






英二は離婚するかしないかで悩んでいたという。
僕は、そんなに悩むなら離婚なんてしなくていいじゃない、と言った。
でも奥さんの所にはもう戻りたくないらしい。







「英二…」

「もう…もうイヤなの!俺…不二と一緒がいい!」

「ありがとう…そう言ってくれるのはすごく嬉しい。でも…英二、離婚届を出さなきゃ僕と一緒にはなれない。君を追い詰めるつもりはないけど、奥さんと離れたいなら…」






意地悪なことを言った。
英二を思いやりたいけど離婚してもらわなきゃいつまでも僕らは不倫関係のままだ。

もちろん不倫の関係も悪くはない。
スリルがあって楽しい。
でもこの関係を続けることは英二が苦しむことになる。
英二のために離婚をして欲しい。







「ごめん…俺が曖昧だったのが悪かった。不二、もう少し待ってて。絶対離婚してみせるから」






僕はゆっくり頷いた。
早く英二を僕のものにしたい。
英二の頭を撫で、にっこり微笑んだ。




















しばらく英二と会えない日が続いた。
メールでは奥さんとちょっともめていると書いてあった。
ちょっと、なんてもんじゃないだろうなと思いつつ、僕はダメそうなら無理はしなくていいと伝えた。
一番大事なのは英二だから。
もちろん離婚はしてほしいけどね…。



ある日から完全に英二からのメールが途絶えた。
何かあったのかと思いつつ、何度もメールするのもよくないから僕は返事を待つことにした。















ある日、仕事が長引いて深夜に帰宅することになった。
あんな仕事さっさとやめた方がいいんだろうか。
でも今やめたって勤め先なんかすぐに見つかりっこない。
足はフラフラしながらも嫌気をさしながら帰り道をとぼとぼ歩いていると、前の方から誰かがやってきた。
背はあまり高くない…細身だった。
髪が長いようだから女の人だろう。
しかしこんな時間に女の人が一人なんて危ないと思った。
時計の針は1時を差している。






「すみません」






女の人が声をかけてきた。
いきなりだったから驚いた。






「ここから一番近い駅…教えていただけませんか」

「はい、駅は…」






駅がある方角を指差そうとした瞬間、腹部に痛みを感じた。
と、同時に生暖かいものも感じた。
嫌な予感がした。
僕の腹に…何か刺さっている…






「あなたが…あなたが悪いんだから…!私の夫を誘惑するなんて…!!」

「ま…っ……て……」






呼び止めるなんてことはできなかった。
地面に血がボタボタ落ちていく…
意識も遠退く…

僕は…死ぬのか…───




















目が覚めると白かった。
天井だ。
僕は…生きていたんだ…。
英二が僕の手を握っていてくれた。
英二の目は腫れ上がって別人のような顔をしていた。






「えい…じ…」

「うっ…お…俺の…せいで…うぐっ…俺のせいで…ふじが…ごんな…まきこまれで…」






泣いたせいで英二は目が腫れていたのか。
僕は英二に笑いかけた。

君が悪いんじゃないよ。
心配してくれてありがとう。







「英二…僕生きてるから、ね?大丈夫だから」








回復には1ヶ月かかるらしい。
でも…英二が手に入るなら構わないさ。