僕は英二を抱いた。
心の中ではこんなことをするつもりはなかった。
まだ英二の答えが出たわけじゃないのに…僕の行為はただの押し付けだ。
こうすれば答えが出る、なんて…どうしてそんな勝手が言えただろう。
待ってからにした方がよかった。
きっと英二は傷付いているだろうと思った。
でも傷付いていなかった。
それどころかまたもう一度して欲しいとさえ言った。
僕には理解できなかった。
いきなり抱かれて、きっと苦痛に感じたと思ったのに。
英二はけろっとしている。
僕の勘違いか、いや違う。
勘違いなんかじゃない。
「あさって…また来てもいい?」
「来て…くれるのかい?」
「もち!だって…こんなに楽しい気持ちになれたの久しぶりだもん!」
はしゃぐ英二の顔は太陽よりも眩しかった…と詩人だったら書くのかな。
英二は喜んでいた。
僕のさっきまでの不安もあっという間に消し飛んだ。
英二を途中まで見送った。
英二の笑顔が絶えることはなかった。
しばらくして英二からメールが来た。
今までメールなんてほとんどしていなかったのに、久しぶりにメールをして中学の頃に戻ったみたいだった。
こうして、僕のメールを読んでいる間の英二は僕が占領しているんだ、と思うと妻に対して優越感に浸れた。
そう…不倫では、妻の知らない部分=秘密を僕が知っている。
秘密を多く知る僕の方が妻より勝っているのだ。
そう考えたら不倫はなんて素晴らしいのだろうと考えた。
それに僕が妊娠するわけでも、英二が妊娠するわけでもない。
ただ男同士付き合っているだけ。
妻にだって迷惑をかけてなんかいない。
僕はこの関係を大切にしようと思った。
翌日、仕事から帰り冷蔵庫に入っていた缶ビールを1本取り出す。
カチッとプルタブを開ける瞬間はたまらなく爽快だ。
飲みながらテレビを付けるとテニスの試合をやっていた。
昼間にやっていたものの再放送らしい。
シングルス男子の試合…一人の名前が聞き取れた。
手塚…と聞こえた。
『手塚国光、次はどんな技を出すのか!』
解説か何か話しているのだろうか。
あの頃が懐かしい。
知らない間に手塚はまた新しい技を身に付けたようだ。
以前は同じ学校でプレイヤーとして試合していたのに。
あの頃が夢みたい。
ビールを一気に飲み、空になるとまた冷蔵庫から1本取り出した。
最近酒量が増えている。
抑制という言葉を知らない僕はこの日だけで6本を飲み干した。
約束の日。
英二はもう僕の家の前にいた。
家の場所は覚えてしまったらしい。
「不二元気?って…なんか目の下クマできてるけど…疲れてるんじゃない?」
「かもね…一人が寂しいみたい。誰かさんがここに住んでくれたらいいのにってさっき神様に頼んだ」
「えっ?!」
「嘘だよ…さあ入って」
笑い飛ばしたけれど一人が寂しいのは嘘じゃない。
一人がいいなんて思わない。
英二と結婚したい。
でも僕だって大人だ。
自分の思い通りになるとは思ってないし、不倫という関係で留めておかなくてはいけないことぐらいわかっている。
「おじゃましま〜…わっ!どうしたの!?この缶のゴミ!こんなの前なかったのに!!」
「そうだった?」
「そうだよ!もう…飲んじゃダメだよ!アル中になっちゃう」
「大丈夫…アルコール中毒じゃなくて英二中毒だから」
以前のように英二の服を脱がせた。
会話をたしなむ暇もなく、すぐ身体に触れたことを怒るかもしれないと思った。
でも英二も腕を回してくれた。
僕らの関係はこれでいい。
素敵な遊戯がまた始まると思うと身体がゾクゾクしてきた。
