「君、手塚のこと知らないんだと思った。ボーリング焼肉もそうだけどスポーツニュースとか見ないの?特に最近は試合も勝ち進んでいてテレビや新聞で取り上げられているよ?」

「そ、そんな有名人があんな場所…っていうか闇取り引きみたいなことしないだろ!?」

「人ってものは他人が思うものとは違うんだよ…思い込みはよくないね」






先程まで弧を描いていた目は今しっかりと開眼されていて、俺を見つめる瞳は俺の心を縛る。
まるで俺の心を透かして見ているようで不安になる。
今考えていることは不二には全てお見通しなんだろうかとか考えてしまう。

不二は飲みかけのコーヒーを飲みきるとテーブルにがちゃんと音を立ててカップを置いた。
気のせいか不二はイラついているみたいだった。
不二に話さない方が良かった話題なのかもしれない。
あの温和な不二が気を乱している、気がする。






「…言ったよね?テニス嫌いだって…あいつを思い出すから見たくないんだ。今もそう。手塚のことを忘れようとしているんだから英二もわざわざ名前出して話題にする必要ないから」

「…そう、だね。…ごめん」






やっぱり俺が悪かったみたい。
不二に聞くんじゃなかったと今さらながらに後悔した。
その後も不二は俺の方を見てはくれなかった。
だけど俺だって不二に不快な思いをさせるために質問したわけじゃない。
知らなかっただけだ。
それをあたかも俺が全面的に悪いと言っているような態度が腹立たしかった。
俺は不二が使っていたカップを床に投げつける。
ものすごい音を立て、見事こっぱみじんになったカップを見た不二は俺を睨み付けて言った。






「…君はそういうことするの。だったらもういい。僕は出ていく」

「出ていけよ!俺だって知らなくて聞いただけなのに、なんでお前に苛立ちをぶつけられなきゃいけないのか…意味わかんねぇから!」






不二は舌打ちをして本当に出ていった。
…行く当てなんてないくせに。
いや、あるか。
手塚っていう凄腕テニスプレーヤーがいるからな。
あとは事務所にでも帰ればいい話じゃん。
あいつに心配なんていらない。

俺は不二の方を一切見ずに割ったカップの欠片を拾う。
我ながら馬鹿らしいと思った。
自分で散らかした物を自分で片付ける虚しさは計り知れない。
不二はというと既に内鍵を外して玄関から出ていったようだ。

もう勝手にしろ!
好きな男のとこに出掛けりゃいい!

怒りが止まらない俺は欠片を綺麗に掃除はせず適当に寄せ集めておくと、床で横になった。
天井を見上げ腕を組む。

俺は思う。
俺は悪くない。
あいつ…大体俺と一緒にいながら手塚のこと忘れたいとか言ってたけど、なんだかんだでまだ気にしてんじゃん。
要は好きなんじゃんか…手塚のこと。
なんだよ…俺が一緒にいても不二の心の中にはずっと手塚しかいなかったってこと?
だとしたら…俺となんかいたって楽しくなんか…
そもそも不二は商売で男と付き合ってるだけなのに…なんでこんなに俺嫉妬してるんだろ…
女々しいじゃんか、俺。
バカみてぇ…

でも不二は手塚に本気になっちゃったんだ。
初めはただの商売のつもりだったはず。
だけど忘れなきゃいけないと思う程、不二にとってかけがえのない存在になってしまったんだ。

はぁ…俺超カッコ悪。
不二に出ていかれて、一人になって。

でもいいんだ!
不二が行きたいとこに行けばいいんだから…

怒りの行き場を失った俺の拳は床に転がっていたリラック○のクッションへとぶつけられた。