英二と喧嘩した。
いつか曖昧な自分の感情が先立ってこうなるんじゃないかと考えていた。
僕は馬鹿だ。
一緒にいてくれていた英二に感謝もしないで苛立ちをぶつけた。
英二が怒って当然だ。
しかも僕の曖昧な感情は英二にバレてしまった。
未だに手塚を忘れられない、ということを。
僕が闇オクに慣れ始めたとき。
それは人との別れが辛いと思い始めた頃。
初めはわからなくてただ流れ作業のように時間だけが過ぎていった。
沢山のお客様と過ごしてはあっという間に時間が過ぎる。
あっけなかった。
短時間だから。
一緒に過ごしていても、二度目からは価格が跳ね上がり、一緒にいるのが難しくなる。
大企業にお勤めの人でも、僕は金が掛かりすぎて長く一緒にはいられない。
皆の顔色が悪くなっていくのを見て僕は悟る。
“これでお別れ”
所詮“金の切れ目が縁の切れ目”という言葉通りになる。
金がなければ人との繋がりはなくなっていく。
初めは気にしなかったけれど、何度も経験していく度に僕は傷付いていった。
ある時現れたのが山男子。
つまりは手塚。
初め見たときは夢でも見ているのかと思った。
日本を代表するあのプロテニスプレーヤーの手塚が闇オクに手を出すなんて…週刊誌が喜びそうなネタを彼自身から提供したのだ。
当然事務所も大騒ぎだ。
こんなことは滅多にない。
だから今回はヤツにしろ、と。
普段誰をお客様として選ぶかは僕が決めていたけれど、今回は事務所側から口を出してきた。
わりと珍しいことだ。
もちろん僕も手塚を選びたいと考えていた。
商売として、というより個人的に興味があった。
何故この闇オクに参加したのか。
現役プロテニスプレーヤーが何故。
気になって仕方なかった。
その日はホテルへ行き、すぐに抱かれた。
疑問にも思わない。
ある程度は理解していたけれど、普段冷静沈着な彼がこんな熱い男だったなんて思わなかった。
二、三度抱かれた後に手塚は言った。
「お前は俺とずっと居ればいい」
「…ありがとう」
「…否定しないのか?」
「何を…?」
「“皆同じ事を言っては長続きしない、どうせまた離れる事になる”と」
「鋭いね…君は。…事務所に言われているんだよ、お客様の前で以前の客の話はしないようにって。だから僕はありがとう、としか言えない」
「そうか。だが俺は他の客のようにあっさり身を引かない」
「ふふっ…どうだろうね?君に期待してるよ」
半信半疑だった。
いくらなんでもずっとなんて無理ではないか。
現役プロテニスプレーヤーだろうがなんだろうが、どんなに頑張ったって“ずっと”なんて無理。
金なんていくらあったって足りないんだ。
…足りないんだよ。
僕は途中で気が付いた。
一度こんな仕事を引き受けたら抜けることは出来ない、と。
事務所にも言われていることだ。
固定客はつけない。
つまりは“ずっと”なんてあり得ない。
一緒にはいられない…
日が経つに連れて別れが現実的になる。
それでも彼は動揺することはなかった。
また僕を迎えに来るとだけ言って。
いつかは切れてしまう関係になるのに何故僕は期待してしまったのだろう。
もしかしたら本当に不可能を可能にしてしまうんじゃないかと不覚にも考えてしまったからだ。
…そんなことはあり得ない。
あり得ないんだ!
