「…キミを裏切った」

「不二…?」

「っ…あ…英二…ごめん…また寝言言ってたかな」






不二を連れて帰って三日が経った。
俺の家にいて欲しいと最初に言ってから不二は俺の言う通り、この家から出た事がない。
まさにぬいぐるみか、フィギュアのように家に“置いておく”感覚だ。

また、せっかく不二は一週間俺と一緒にいてくれるのだから、本名で呼んで欲しいと俺は言った。
だから不二は“猫のエビフライ”から“英二”と呼んでくれる。
俺も不二と呼んでいる。

だけど不二は寝言で俺の知らない名前を呼ぶ事が多い。
隆とか、貞治とか、リョーマとか…
でも一番頻繁に言うのは国光と言う名前。
しかも泣きながら叫ぶように言うから、その自分の声で不二は目を覚ます。今のように。

そして俺にすぐ謝るんだ。
ごめん…と。
謝らなくてもいいように寝言で他人の名前なんて言わなきゃいいのに、と思った俺。
正直面白くない。
しかし、つい口に出てしまうらしく、名前を言ってしまう度に不二はしまったというような表情をする。
そんな状況を見ていると不二の過去が知りたくなる。
一体何故こんな怪しいオークションに出品されていたのか。
不二に何があったのか…俺が相談に乗ってあげられるなら是非ともそうしたかったけれど、実際何を切り口にして聞けばいいのかもわからぬまま、時間だけが過ぎていった。

今日は仕事がオフだったので不二と二人きりで過ごせる。
午後になったら外へ一緒に出掛けようと思い、まだ時間の早い今はテレビでも見ようとリモコンを押した。
すると一面緑色の背景が映る。
何かと思えばどうやらテニスの試合を中継していたらしく、映っていたのはテニスコートだった。
そして一人のテニス選手が現れる。
どうやらちょうど日本の選手が出ている試合らしいが、汗をタオルで拭っていて顔がよく見えない。
するとバツンとテレビの電源を切られた。
リモコン操作をしたのは…不二だった。






「…テニス嫌いなんだ。だから…消しちゃった。ごめん」

「えっ…そうなんだ。いいよ、俺何も聞かないで勝手に付けちゃってごめんな」






テレビを付けてから不二は元気をなくしてしまった。
長めの前髪は俯いていたために更に目元を隠すように覆っていて、不二の表情はよくわからなかった。
テニスのせいで不快な思いをさせてしまったかと思うと申し訳なさでいっぱいになる。
だけど…何故不二はテニスが嫌いなのだろう。
聞きたい事は山ほどあるのに聞けない俺はただの小心者だ。






しばらくしてから気分転換も兼ねて外に出掛ける事にした俺達。
その頃の不二は笑顔に戻っていて、先程の曇った表情はなかった。
俺は安心してほっとしながら靴を履くとお腹からぐるぐるきゅ〜と恥ずかしい音がした。
ちらっと不二を見ればニコニコとこちらを見ている。






「お腹空いたね。僕も空いたからお昼食べよっか」






俺は初めて不二と外食をする。
今までは俺のお手製料理を振る舞っていたからだ。
自画自賛じゃないけれど俺は子供の時から料理をしていて、なかなか上手ではあるのだ。
現に不二は涙を流してまで美味しいと言ってくれて、あの細身でおかわりを連呼していたのは事実である。
外の食事をしたいかと聞いても首を縦に振る事はなかったのだ。

家を出て俺達は街へと歩いて行く。
わりと俺の住んでいる所は都心部に近いから生活に困る事はない。
しかも家賃が激安なアパートだから大変便利である。
唯一問題と言えば、以上なまでに部屋が狭いのと非水洗トイレが共用であるくらい。
風呂がないのは当然だと思っていたので、ない事が苦痛と感じた事はないが、さすがに不二にシンクで洗えとは言えず、二人暮らしを始めてからは近くの銭湯に行く事にしている。






「いつも英二に世話になってて申し訳ないよ」

「え?なんで?だって俺は不二と一緒にいたいからオークションで落札したんだよ。全て面倒を見るのは俺の役目なの」

「確かにそういう規定にはなっているけれど…」






不二は悲しそうな目で俺を見る。
尋ねるのは今がチャンスかもしれないと思い、勇気を振り絞って俺は不二に聞いてみた。






「不二はさ…なんでオークションなんて…」