そのことがあってから抱き合うことを考えるのが苦しかった。
今こうしてシャワーを互いに浴びてしまったからには次に進まなくてはならないのだと英二は考えている。
きっと不二は言うだろう。
焦らなくていい。
ゆっくりでいい。
時間をかければいい、と。
だがその不二の優しさにいつまでも甘えていていいのだろうかと英二は疑問に思っていた。
不二が無理強いをすることはないから不二に甘んじてずっとこのような関係を続けていくのかもしれない。
英二は一人でそのことについて考え続けていると、シャワーを終えた不二が戻ってきた。
「英二…おまたせ。一人で寂しかったんじゃない?」
陽気な声で不二は微笑みながら英二に話しかけるとあまり気の乗らなそうな表情を英二が浮かべていた。
すぐに不二は英二と同じように座って同じ目線で喋りながら英二の手を握った。
「英二はさ…勘違いしてるよ」
「え?」
「僕がまるで肉食動物かのように考えてない?」
笑いながら不二は英二に声をかけた。
濡れた髪はたっぷり水分を含んでおり色がやや焦げ茶色になっている。
仄かにシャンプーの香りを漂わせていて、さっき自分も使ったのだから同じ香りがするはずなのに何故か不二からは自分とは違う香りがしてどきどきする。
不二はそのまま手を握り締めながらにっこり微笑んで言った。
「僕が一番大事なのは英二だよ。英二の嫌がるようなことは絶対しない」
「でもさ…!俺だって…俺だって…」
期待してたししたい気持ちもあるのだと英二は伝えた。
不二は真剣な眼差しで英二を見つめるとゆっくりと頷いた。
「じゃあ…できるところまでしよう。ね?」
翌朝。
一緒のベッドで目を覚ました英二。
隣ではすやすやと静かな寝息を立てながら不二は眠っていた。
起こさないように英二はそっと布団から抜けてキッチンへ向かった。
今日は平日、つまり学校がある。
本当ならばもっと昨日の余韻に浸っていたかったが、そういうわけにもいかない。
英二は手慣れた手付きで調理を始めた。
食器や水の流れる音で目が覚めたのか不二が降りてきた。
「おはよう…僕も手伝うよ」
「あーいいよいいよ!不二は出かける支度してて」
英二はきびきびとした動きで要領よくこなしていく姿に不二はきゅんとときめいた。
胸を押さえる不二を見て英二は体の心配をした。
しかしその必要はなかったらしい。
「むしろ心配なのは英二の方だと思うけれど…?」
この言葉に英二は顔を赤面させた。
昨夜のことは目を閉じても情景が浮かび上がってくる。
不二はわかっててからかっていたのでクスクスと笑っていた。
「もー!そんなこと言うと弁当も作ってやんないぞー!」
英二は既にいつも使用している弁当の包み布を縛っていた。
まだ起床してからそれほど時間は経っていないというのにもう完成していたのだった。
見慣れた弁当の包みの隣には色違いの弁当の包みが置いてある。
もしやと思い不二は英二に尋ねてみた。
「これは不二の分だよ〜ん」
「僕の分まで作ってくれたの?優しい…」
感動した不二は思わず口元を押さえた。
まるで新婚夫婦のようだった。
確かに昼食のことまで考えは回っていなかった。
家に帰らずこのまま学校へ行くとなれば困るのが昼食だ。
もちろん青学には購買もあるのだし、問題はないけれど桃の話によれば購買は早い者勝ちだそうでなかなか手に入らないとも聞いていた。
その昼食入手戦争に不二が戦えるのかどうかという件については少々疑問でもある。
「どうせ不二のことだから購買で買うとか言うんだろうけど…お前はやめておいた方がいいよ」
「そういえば…英二が前にお弁当忘れたとき、売り切れて大阪焼きしか手に入らなかったもんね」
「そうそう、それで腹の足しには程遠いから不二からおかずもらったろー?やっぱ弁当は必要なんだって勉強になったよ…あのときは」
よいしょ、と目玉焼きを食器に移すと朝食の方も準備ができたようだった。
ほかほかのご飯にぷるんとした半熟目玉焼き、ほうれん草のバターソテーとお味噌汁。
和風とも洋風ともとれる栄養素もばっちりな朝食に不二は感動した。
遅れちゃうよ!と英二が急かして二人はテーブルにつくと合掌をして朝食を食べ始めた。
もちろん、味はいうまでもなく旨くて顔が綻ぶようだった。
不二は早く成長して英二を嫁にしたいと本気で考えた。
二人が食事を終え、急いで支度をするとなんとかいつもどおりの時間帯に登校することができた。
実は若干寝坊をしていたので間に合わないかもしれないと英二は思っていたのだが、どうやら遅刻の心配は必要ないようだ。
「でもすごいね、英二ってば本当に主婦になれるよ」
「ん〜…主婦じゃなくて主夫な?」
「はいはい…でも今日また楽しみが増えたなぁ。昼食が楽しみだよ」
「まだ朝が始まったばかりですよー?ふじくーん?」
英二の作ったご飯ならいくらでも食べられるよ、だなんて嬉しいことばかり言ってくれた。
英二は毎日こんな朝ならいいのにと思っていた。
午前の授業が終わり昼食の時間になった。
英二お手製の弁当は食べる前から美味しそうで箸をつけた不二は満面の笑みを浮かべた。
その表情を見て英二もまんざら主夫になることも悪くないと考えていた。
不二のような旦那がいるならそれだけで幸せだとも思った。
クラスメートからはお揃いの弁当の包みを持ってきていることを指摘された。
不二の分も俺が作ったと英二が自慢げに話せば女子は羨ましがり、男子は今流行りの弁当男子ですかー、とからかった。
「英二と付き合えてよかったよ…僕幸せ」
「俺だって幸せだよっ!あー早く大人になりたいな…」
と言いかけたとき、ふと英二は不二の唇が視界に入った。
キャンディーのように可愛らしい唇。
昨日俺はあの唇で…
「えいじ?大丈夫…?顔、赤いけど…」
「ふにゃ?!う、う…たぶん大丈夫…」
やはりまだ慣れない。
昨夜のことを思い出してしまう。
そうすると恥ずかしくなってしまい不二の顔を直視できなくなってしまうのだ。
英二はそのあとも茹でたこのような顔のまま午後の授業を受けることになった。
しかし恥ずかしいだけなのだろうかというとそうではなかった。
先生の黒板に書くチョークの文字がゆらゆらと揺らいでいるではないか。
これは眠いからそういう風に見えているわけではない。
熱である。
英二は突如目が回り始めて不二にSOSを出した。
具合の悪くなっている英二を見て咄嗟に判断した不二はすぐさま英二を保健室へと連れて行った。
「無理しないでよ…まったく」
不二の介抱を受けベッドに横たわる英二。
体温計で測ってみたが一応熱はなかった。
おそらく慣れないことをしたのが原因ではないのだろうかと不二は考えた。
「昨日は…あんなに激しくやっちゃったもんね…ごめんね?」
「……!!」
英二の耳元で不二は囁きクスリと笑った。
どこまでわかってやっているのか…英二はまた顔を赤らめた。
不二はまた暫くしたら様子を見に来るねと言い残し教室に戻って行った。
英二はやはり昨夜のことがあったせいなのか、疲れがたまっていたようで意識をすぐに失いそのまま眠りについた。

