店の中ではほんのりとぼやけた光があるだけで明かりは小さい。
部屋自体が小さいからほとんど暗いし正直不二の顔はよく見えない。
そんな中でも気分を盛り上げるためなのかBGMがかかっていて無音になることは避けられた。
が、二人とも話を始めないので音楽がなかったらまるで静止画のようになっていただろう。
英二も何から話せばいいか、本人を前にしたら何も言葉が出てこなくなってしまった。

見慣れない高級腕時計。
一度嗅いだらなかなか取れないであろう甘ったるい香水。
これは乾の部屋で見つけた香水と同じものなんだろう。
そして華奢な不二の体型にぴったり合ったスーツ。
髪型はほぼ変わっていないがやや伸びた印象がある。
艶のある唇は光が反射していて水っぽく、また自然と目が行ってしまう。
大人びた印象は昔からあったものの、さらに違う方向へと突き進んだ不二は明らかに英二の知っていた不二ではなかった。
微笑んでいた表情も今ではきりっとした表情になっており、普段見せない瞳は開眼していた。

「不二…だよね」
「…どうしてここが…乾だね」
「乾は関係ないよ。俺が知りたくて…それで探したんだ。不二のこと」

乾に悪気はないことを正確に伝えると不二は煙草を取り出して一本吸い始めた。
以前には見せることはなかっただろう不二の姿に驚愕しながらも英二は不二を見つめている。

「…いつもなら客の前では吸わないようにしてるんだけどね」
「ふじ…」
「君は客じゃないから…ボクもいつもの話し方をさせてもらうよ」

吸い慣れた様子で不二は灰皿に煙草の灰をトントンと落とし、うまそうに吸っている。
相当我慢をしていたようだった。

「不二…どうして…」
「だから面倒なんだよね…僕が何をしようが勝手なのに」
「嘘」
「嘘じゃないよ」
「じゃあ…なんで乾には伝えたの?乾が好きだから?」

我ながら何を言い出すのだろうと英二は自分でも驚いていた。
だが不二の説明では納得できなかったのだ。

「…ふふっ、面白いね英二。乾が好きだから?うーん…まぁそうかもね」
「…そう、なんだ」

不二が乾を好きだと知ってショックを受けた。
仮にもここは否定すると英二は思っていたからだ。
しかし不二はあっさりと認めてしまった。
乾のことが好きだったなんて正直信じられなかった。

「ボクに会いに来たのはそれを探るためだったの?随分無理したねぇ…。ここ、入るだけでもけっこう金取られるのに」
「違う!」
「…じゃあ何しに来たの?言っとくけどボクは君の戯言なんて聞きたくないよ?」

煙草をもみ消して足を組み直した不二は腕を組み、明らかに不快感を示した。
英二は久々に会った旧友なのだからせめてもう少し再会できたことに歓喜してくれるだろうと内心思っていた。
しかしそれは単なる自惚れに過ぎないことを知った。

「戯言なんて…」
「じゃあ帰ってくれる?」
「イヤだ…」
「…はぁ。今君に構ってる暇なんてないんだよね。時間ももったいないし」

不二は立ち上がるとドアを開けた。
外の廊下の方がBGMは鳴り響いており耳が痛い。

「帰ってよ」
「帰らないって言ってるだろ」

英二も立ち上がり、不二を睨み付けた。
せっかく会いに来たのにここまでうっとおしく思われる覚えはない。
最初はショックで言葉も出てこなかったが、だんだん目の前の旧友に腹が立ってきたのだ。
人が心配しているというのにそれすら感謝もせず、あげくにもう帰れと言う。
こんな煙草臭い不二は自分の知っている不二ではない。
誰が、何が、不二を変えたのかはわからない。
だがこの状況で不二を無視なんてもっと無理だ。

…変えてみせる。
そう決めた英二は不二に詰め寄り手首を握った。

「不二は俺が怖いんだろ」
「…は?」
「俺に知られたくない、触れられたくないから俺から逃げてんじゃん。だから帰って欲しいんだろ?」
「業務を妨害されてるからだよ」
「だったら上の人でも呼んで店から追い出せば?迷惑な客として一生店の出入り禁止にでもすりゃいいじゃん」
「何が言いたいの」
「わかってるくせに」

最初からおかしいと思っていた。
構うなと言うならば誰にも話さないはずだ。
だが不二は乾と関係を続けていた。
さらに乾に聞いた話によれば、今皆がどうしているかも尋ねたという。
そこで英二のことも聞き出していたというから驚いた。
不二はさらに英二に会ったとき、僅かに嬉しそうにしていたことを英二は見逃さなかった。

「不二…お前バカだよ」
「いきなり来てバカなんて言われる覚えないね」
「いや、本気で不二はバカだ」

英二は決意した。

「不二、もっと広い空き部屋ってどこにあるの?」